アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うこと。

人と人工知能が共存できる未来について考える

オーグメンテーション戦略」という考え方について書きます。

 

「オーグメンテーション戦略」は、トーマス・H・ダベンポートと、ジュリア・カービーの2人が、ハーバード・ビジネス・レビューに2015年に書いた記事にでてきた言葉です。

 

この記事自体は、「人工知能に職を奪われずに勝者となるには・・」的な色合いが濃いものです。ですが、人間と機械が強調して更に進歩の階段を登るという考え方が全体にあって、それにすごく共感できました。

 

この考えの肝だと思っているのは、「人間は機械と協調して更に進歩の階段を登ることができる」です。

 

「自動化(オートメーション)の脅威を、拡張の機会(オーグメンテーション)という枠組みで捉え直す。」というのが、主張されている方法論です。

 

いつの時代でも技術の進歩によって失われる職は存在してきました。

 

だから、人工知能が様々な業務に進出することで、職を奪われる人がでることもある意味当然です。

 

ただ、今回は今まで比較的安泰だった「ホワイトカラー」の職業に従事する人にそのリスクが生まれている点が今までと違います。

 

人工知能による自動化の可能性がWEBデザインとかの知識労働の領域にまで及んできていることと、人工知能自体が時には「人を上回る能力を持つ得体の知れない存在」に見える時があるので、不安を持つ人が多いのでしょうね。

 

実際、人工知能関係のニュースをネットで拾っていても、毎日毎日、驚くほど「あれができる」「これもできる」的な情報が氾濫しています。

 

それに対して「現在、人がしている仕事のうちで、機械の方が早く安くできるようになる仕事の幅がどんどん増えている。人の仕事が奪われていく」というように不安に思うのも当然でしょう。

 

でも、ゼロサムで考える論調の意見が多いのには、ちょっと違うなと考えてました。

 

だから、オーグメンテーション戦略の考え方に共感できました。

 

日本は少子高齢化へむけて爆進中です。そのせいで、今まで若い人たちがになっていた仕事の部分の人手不足が深刻化しています。

 

そこをカバーするのに、安い賃金で働かせられる外国の人を連れてきたりしています。これが進むと米国のように多民族国家の道を歩むのか否かの分岐点が現れてきます。

 

でも、日本がそうなるのは無理なんじゃないかと思います。

 

日本は「国家という枠組みと文明という枠組みが一致する世界で唯一の国」です。文化的・文明的な対立を経験していません。だから、そういうことに免疫がありません。

 

だから、どんどん外国人が増えてきて、そういう問題が表面化してくれば、経験に乏しい日本人の国民感情が、すぐに極端に排他的な方向に向かうのは、容易に推測できます。

 

そういう方向の先に待っているのは、戦争みたいな平和的でない解決方法だというのは、現実の世界でおこっていることを見れば、かんたんに推測できますよね。

 

だから、そのあたりの人手不足を「人工知能+ロボット」でカバーする方向性の方が、日本には、あっていると思うわけです。

 

それだけじゃなくて、人自身も進化させてくれる可能性を人工知能+センサー+ロボットの組み合わせは持っていると思います。年寄りになると視界が狭くなるし、運動能力は落ちてきます。

 

でも、だから自動車に乗るな!ではなくて、そんな高齢者でも運転できる車(360度の視野と危険回避の反射神経を補完してくれる半自動運転車みたいな)を安価で普及させる施策をとれば、新たなマーケットも生まれるし、一石二鳥じゃないかとかですね。

 

そういうことは、前から漠然と考えていたんですけど、それを「拡張の機会(オーグメンテーション)」として明確に定義している記事だったので、ちょっと興奮してしまったわけです。

 

正直、「拡張の機会(オーグメンテーション)」は日本人なら絶対実現できると思うし、そうなったら、世界的に見ても十分な競争力をもつ、ハイパー日本人になれますよ。きっと。

 

だから、政治家はもっと日本の明るい将来図を議論して、その実現の方向にお金と時間を使っていくことを考えてほしいと思うわけです。

 

怒られるかもしれませんけど、個人的には、なんで今さら東京で2兆円ものお金を使ってオリンピックをしなきゃいけないのか?が、さっぱりわかりません。

 

オリンピックが駄目ということではなく、他にもっと優先度の高いお金の使い方があるんじゃないのか?という、優先順位の話なんです。

 

財源には限りがあります。

 

オリンピックで大金使うと、それだけ他にお金がまわらなくなります。でも、オリンピックは一時の熱狂と建物を残して終わるだけです。

 

その陰で、もっと重要な「人が人工知能+ロボットと共存して、平和に暮らす明るい日本の未来」の実現にむけて、コツコツと努力されている方々にお金がまわらずに頓挫してしまったり、進歩が遅れるようなことがないのか?という不安が常にあるわけです。

 

IOT・人工知能・ロボットなどのキーワードに共通するのは、それが便利になればなるほど、強固なセキュリティと安定した電力供給が重要になることです。

 

が、実態として、IOT機器に対するセキュリティ技術はまだ全然ですし、(最近米国でコンテストが始まりましたけど)、原発という負の遺産を抱えた電力会社が、いつまでも安定した電力を供給し続けられる体力を維持できるか?というリスクもあります。

 

例えば、自動運転車が、ハッキングされて、テロに使われたら怖いですよ。でも、今はそういう可能性を考慮して開発されてはいないのが現実らしいです。だって、価格が高くなりますからね。

 

そういうところこそ、企業の自主努力だけじゃなくて、国が介入して国策として進歩させていくべきじゃないかと思ったりしているんですが、どうも、それとは真逆な方向に・・レガシーと言葉を変えた箱物行政回帰とか・・行ってるんじゃないかと、心配に思いながら、ニュースを見ている今日このごろです。