アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うこと。

相対評価なんてやめてしまうほうが良い!と考えた理由

日本の目標管理の運用は問題点が多すぎるよな。

 

そんなことを考えて、前回まで色々思うことを書いてきました。

 

でも、「あれが悪い」「これが問題」って言っても、かなり、虚しいわけです。

 

だって、こう直せば良くなるっていうことがないですからね。

 

現実的に目標管理の計画を陳腐化させないために、現実業務の時間を割いてまでできるかといえばできないし、それで残業とかしてたら本末転倒ですし。

 

それに、どんなに教育したって、ロボトミー手術でもしてロボットみたいな人間を作らない限り、すべての評価者が同じ基準で評価するなんて実現できるわけがないから、評価のバラツキの問題が解消できるわけもないし・・。

 

そんなことをツラツラ考えていると、ふと、思いつきました。

 

そもそも、評価者の基準のバラツキなんかが問題になるのは、社員に無理やり相対的な順位をつけようとする「相対評価」という考え方があるからだよな。

 

じゃあ、相対評価をやめてしまったらどうなんだろう。 

 

そもそも「人事評価の目的」は、やはり「仕事するモチベーションの維持・向上」であるべきだと思うわけです。

 

企業を良くするのも、悪くするのも、結局は人です。

 

そして、人は気持ちの動物です。

 

能力があっても、気持ちが伴わないと最高のパフォーマンスはだせません。

 

だから、社員の仕事に対するモチベーションを高く保つ事はとても重要で、人事評価も当然そのために行われるべきです。

 

その観点で考えると、相対評価で社員に無理やり順位をつけて、ABC・・と割り当てていくことって、どう見てもおかしいんですよね。

 

相対評価だと、とにかく差をつける必要があるんですね。

 

5段階評価なら、例えば、最高点の5は全体の7%、4は24%、3は38%、2は24%、1は7%などの基準を決めて評価点を割り振っていくわけです。

 

なので、点数が80点の人が「5」で、79点の人が「4」になるみたいな事も普通に発生します。

 

その時、79点の人が「よーし、次は上位7%にはいるように頑張るぞ!」と思うか?というと、絶対そんなことないです。

 

自分は平均より優れていると思う心理学的錯覚「優越の錯覚」のメカニズムの解明を待つまでもなく、「俺の優秀さを評価者がきちんと評価できていない」と思うのが人間の性です。

 

そんな評価に納得するわけなく、ブツブツ文句を言いつつ、しばらくやる気を失う・・という人の方が絶対多いでしょう。完全に逆効果ですよね。

 

こう考えると、相対評価による人事評価って、手間をかけて、社員のモチベーションを下げる為にやっているみたいにすら見えます。

 

「みんな、おかしいって言ってないのだろうか?」という眼で、世界のトレンドを見てみました。

 

そうすると、なんと先進的な企業では、相対評価による年次評価を廃止したか、することを検討している企業が増えている様です。さもありなんですね。

 

たくさんの記事の中で一番わかりやすいと思ったプレジデントオンラインの記事から、年次評価(相対評価)をやめる理由としてあげられている部分を引用してみます。

  • マネジャーは部下のパフォーマンスを正確には評価できない
  • 公式の評価は社員の士気をかきたてるよりも逆に削いでしまう

 

気持ち良い位明確ですね。

 

真のスーパースターや、本当にダメな社員は誰でも見分けることができる。しかし、10人から20人の直属の部下のほとんどがその中間に位置し、可能なかぎりよい仕事をしていると思われる場合、各人のパフォーマンスを正確に判定できるマネジャーがはたして何人いるだろう。

とか

態度や実績の点で勝者とほとんど差がない2人が、勝者と敗者に分類されることになり、相対評価の低い者は「敗者」のレッテルを貼られてしまう。

とか、読んでて、「そうそう・・その通り!」と思ってしまいました。

 

ということで、「相対評価なんてやめてしまうほうが良い」じゃないかと、"BOKU"は結論づけました。

 

そうしたら、そもそもバラツキなんか気にする必要も無いですしね。

 

関連記事

人事評価のことカテゴリの記事一覧はこちらです。

arakan-pgm-ai.hatenablog.com