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アラカン"BOKU"のITな日常

人事評価と人工知能について考えたことがメインテーマです。

自分が期待しているとおりに、人が理解してくれているとは限らない。!・・のですよ。

仕事について考える

仕事をしていて、「なぜ、こんな当たり前のことをわからないんだ」とイライラした経験が一度もない人はいないと思います。

 

今、この時も「こんな事、常識だろ!」とか「普通、こうするよな!」などと、他の人に頼んだ仕事の結果を見て、怒っている人もいるんじゃないですかね。

 

でも、ちょっと待って下さい。

 

日本語自体が、解釈が複数あって、おそらくどちらも正解・・みたいな言葉が簡単にできてしまう曖昧さを許容した言語なので、どちらも正しいと信じてやっていて、すれちがってるだけかもしれません。

 

簡単な例をあげてみます。

 

そうですね、「5と2の2倍はいくら?」 みたいな質問をしたとしましょう。


質問する人の期待する答えは、たぶん、14です。「5と2の2倍」という言葉は、「(5+2)✕2」と考えるのが常識だろうと考えるからです。

 

実際、たいていは14と答えます。でも、9と答える人もいます。

 

おかしいと思うかもしれないですが、よく考えると、「5と2の2倍」は、「5+(2✕2)」ととらえても正解ですから。


あと、「人の嫌がることをすすんでやろう!」の例も有名ですね。


たぶん、「人の嫌がること」は「やるべきなのに、人がやりたがらないような良いこと」というのが、本来の意図なんですけど、「人の嫌がること」=「人の嫌がるような悪いこと」ととる人がいても、言葉の意味としては間違いではありません。

だから、例えば、先生が生徒に「人の嫌がることをすすんでやるような子供になって、先生を喜ばしてくれ」とだけ言ったら、生徒が先生を喜ばせようと、人が嫌がるような悪さをすることだって、可能性としてはゼロじゃないわけですよね。

 

当然、先生は「常識だろ!」と怒るんですけど、生徒に「先生を喜ばせようと思って、頑張って人の嫌がることをやったのに・・」と言われると、グウの音もでませんね。

 

そんなバカなこと・・と思うでしょうが、あなたが「こんな事常識だろ!」とか「普通、こうするよな!」と怒っているのを、横から見てる第三者が「もうちょっと、最初に指示する時に、ちゃんと説明しとけばいいのに・・」と思っている可能性は、意外にあるのですね。

 

これを防ぐ手立てはひとつしかありません。

 

指示や依頼をしたり、されたりした時に、自分が理解していることと、相手の理解があっているかどうかを、具体的に復唱をしあって確認することしかないです。

 

面倒に感じるかもしれませんけど、「今、依頼いただいた内容を・・・・と理解しましたけど、認識は合ってますか?」または「今頼んだ内容を、どう理解したか、復唱してみてくれ」という一言で、将来的なより大きな面倒を回避できるとしたらどうでしょう。

 

無駄ではないです。決して!

 

繰り返しになりますが、「自分が期待しているとおりに、人が理解してくれているとは限らない。自分の常識が、人の常識である保証はない」わけです。

 

なのに、復唱確認の習慣づけを、実体験から得た教訓として、おすすめしたいと思うわけです。