アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うこと。

嘘も方便で必要なときもある。でも、家族にだけは正直でいないとダメだと思う。

嘘つきは泥棒のはじまりだ。

 

昔から耳タコくらい、言われて育ちました。

 

嘘をつくのは悪いこと。

 

そう刷り込まれてきたわけです。

 

でも、全く嘘をつかないということが必ずしも正しいことではないんじゃないか?

 

大人になると、そう思うことも多いんですね。

 

 

今回は、そんな嘘つきに関わる話です。

 

世の中に、嘘つきはいっぱいいます。

 

アメリカのトランプ大統領なんか、もう、嘘をつくこと前提で、完全に「ネタ」になってたりすので、逆にすごいなと思います。

 

個人的にこの人の嘘は好きではないですが、メディアにとっては、常に話題を提供してくれるので嬉しい存在なんですかね・・。

 

とはいえ。

 

前にも書きましたが、常に真実だけを言うことが、本当に良いとは思えません。

 

みんなが、本当のことだけ言う世界になったら・・。

 

きっと、逆に生きづらいし、そこら中で争い事が何倍も発生するでしょう。

 

 

例えば、今日社長とかにむかって「なるほど、おっしゃる通りです。社長のお言葉で気付かされました。」なんて言っていたAさんの言葉は、嘘かもしれませんよね。

 

でも、そうして人間関係を円滑にしようとするのは、時と場合によりますが、100%悪いことでもないはずです。

 

また、近所の奥さんと話をして、「まあーー、奥様いつ見てもおきれいで、うらやましいですわ」と言っていたBさんの言葉も嘘かもしれません。

 

これも同じです。

 

相手がそれで1日幸せな気分でいられるなた、悪いことではないです。

 

どうも、嘘には”害のない嘘”と”害のある嘘”があるみたいなのです。

 

"害のない嘘"は問題ないので聞き流しておけばいいです。

 

嘘そのものを楽しむこともできます。

 

さっきの例もそうですし、たいていの人はこっちの嘘です。

 

でも、"害のある嘘"は問題です。

 

騙されないように気をつけないといけません。

 

 

普通は、嘘をつくことに何となく罪悪感は感じます。

 

 

でも、全く罪悪感を感じずに嘘がつける人間も存在します。

 

自分が騙した相手が途方にくれて泣いているのを見て笑えるような人もいます。

 

そういう人は特殊な犯罪者だと思うかもしれませんが、そうでもないです。

 

意外と身近にいるもんです。

 

嫌なことを言うなあと思っている方もいると思うのですが、理想論で思い込みをして、騙されてから泣くよりもマシなのでね。

 

世の中みんな嘘つきになる可能性があると思って、慎重にしてたほうが、結果的に波風たたずに暮らせます。

 

事実はちゃんと認識しといた方が良いです。

 

とはいえ・・ずっと疑って生きるのも疲れます。

 

だから、無条件で信用できる相手をつい求めてしまうのですが。

 

注意が必要なのは。

 

そういう痛みを感じない嘘つきの人たちは、一見信用できる相手に見えることです。

 

しかも、彼ら・彼女らは、信用できる相手を求める人たちから信用されれば、楽して大金を騙し取れることに気づいてしまってます。

 

そういう人たちにとって、自分の利益のために、信用できる相手を演じることなど簡単なことだということを忘れないようにしないといけないです。

 

身も蓋もない話ですが、ホントです。

 

建前で道徳的な話をしても意味がありません。

 

じゃあ、どうするか?

 

じっくりと、利害を超えた人間関係を作っていくしかないですね。

 

本来は、家族が信用できて何でも話せる存在であるのが理想なんですけどね。

 

だから家族相手に、自分だけでも正直であるべき。

 

そう思ってます。

 

一時の気の迷いとかで浮気とかして、自分から家族に嘘をついてしまうと、そこからはもう、疑いまみれで生きていく、しんどい人生が待ってます。

 

それは、想像するだけでも嫌ですね。

 

家族の大事さをしみじみ感じます。

 


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