アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うこと。

努力をカッコ悪いと思ってたのは、本当にバカでした。

昔は努力することを格好わるいことだと思ってました。

 

本気になることは無様なことだと思ってました。

 

だから、徒競走とかでも、わざとゆっくり歩くように走ったりして、「自分はわざと負けてやってるんだ。本気なんて、こんなとこではださないんだよ」アピールをしたりしてました。

 

本当にバカ・・でしたね。

 

今、思い出しても赤面するくらい、超カッコ悪いです。

 

でも、当時としてはそれが精一杯の抵抗だったというのも確かです。

 

勉強や運動が得意なわけでもないし、笑いをとって人気者になれるような器用さもない。別に顔がかっこいいわけでもなく、歌がうまいわけでもなく、絵がうまいわけでもなく・・・ないないづくしの自分が、「努力してできなかったら、もっと惨めになるから、最初から努力はしない」と考えるような、後ろ向き思考にとらわれてたので。

 

しかも、それが決して良いことでないのもわかってました。

 

だから、どっかで「自分は今その気になっていないだけで、その気になればできるんだ」と無理やり、思い込んでバランスをとろうとしてました。

 

でも、逃げてたんですよ。

 

今は、わかります。

 

一生懸命になるという能力(スキル)がなかったんですね。

 

そう、一生懸命になれるというのも才能であり、能力(スキル)なんです。

 

さらに、一生懸命になれないというのは、一種の病気みたいに感じることがありました。

 

なんというか「ダラダラ依存病」とか「一生懸命拒否症」とでも名前をつけたいような。

 

この病気は中毒性があって、そこから脱却して「一生懸命に何かをやろう」と心で思っても、煙草をやめるときと一緒で、ふと気が緩んだときに禁断症状が襲ってきます。

 

頑張ってやるつもりで机に向かってても、頭の中がぼーっとなって何も入らなくなったり、「やっぱり、やめといたら・・」みたいな囁きととも、「一回くらいやめても大丈夫だよ」と心に働きかけてくるんですね。

 

克服するのは、まあ、大変です。

 

30歳を前にして、ちゃんと生きなくちゃと思い直すきっかけがあって、なんでも一生懸命に、真剣にやるようにしようという気持ちになったんですけど、それから、この「ダラダラ依存症」の禁断症状に苦しみながら、七転八倒してました。

 

なんとなく、克服できたかな・・と思えるまで、5年か10年くらいかかったような気がします。

 

克服してわかったことは、小さなことでも何でもいいので、毎日コツコツと続けられることを、一つできるようになると、だんだんと他のこともできるようになってくることです。

 

小さなことから、コツコツと・・ですね。

 

なので、タイムマシンで過去の自分にあえるなら、「趣味でもなんでもいいから、ひとつ位は何かをコツコツできることを見つけといたほうがいいぞ。」と教えてあげたいですね。

 


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