アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うこと。

報われない努力をポジティブに受け止める!

誰だって、「選ばれし者」になりたいです。

 

たとえば、イチローみたいな。

 

でも、「選ばれし者」は、ひとりだから選ばれし者なんですよね。

 

対して、それを本気で目指して、努力をしている人は世の中にいっぱいいるわけです。

 

あわよくばなりたいと夢見て、努力している人は、その何倍もいるわけです。

 

でも、その人たちの99.99%くらいは、選ばれし者になれません。

 

じゃあ、せめて、小さな大会でも良いから一等になろう。

 

そう思ったとしてもですね、確率はあがっても、必ず報われることはありません。

 

どんな大会だって、1人の勝者がいれば、何十人・何百人もの敗者がいるんです。

 

勝者が敗者より多いなんてことは、仕事でもスポーツでも考えられません。

 

そうなんです。

 

努力は報われないのが普通なんです。

 

 

だから、「報われない努力を、ポジティブに受け止めること」は、人生を有意義に生きるためには、とても重要なことなんですね。

 

努力はできる人と、できない人があると思っています。

 

努力できる事自体が、ひとつの能力だと思っていますから。

 

”BOKU"も昔は、努力をする能力がない人でした。

 

それを恥じることなく、努力すること自体を放棄して、楽に要領よく人生を渡れるのが一番かっこいいと思っていた、大馬鹿者の時期がありましたから、わかります。

 

人に言われて、イヤイヤでもするのを努力だと勘違いしていた時期もありました。

 

これも大馬鹿者ですよね。

 

親とか先生とかに言われて従って行うのは、「強制された労働」のようなものでしかなくて、努力と呼べる代物では絶対にないのですよ。

 

ただ、やらなければならないという言葉から来る脅迫的な観念にとらわれて、時間をムダに費やしていたにすぎないのですよ。

 

その違いは、その努力が報われなかった時にわかります。

 

例えば親とか、先生とか、上司などの、自分以外の人に言われて無理してやっていた努力は、それが報われないと感じた瞬間から、ものすごく時間をムダにしたように感じて、ネガティブにしか受け止められません。

 

対して、自分の意思でやっていた努力であれば、どんな結果であれ、ポジティブに受け止めることができます。

 

だって、自分の意思でする努力は、大変だけれども、努力している時間そのものが楽しいものでもありますからね。

 

”BOKU"は、何歳になっても「報われないことをポジティグに受け止められるような努力ができる人間でありたい」と思います。

 

残り少なくなってきた人生の時間を、ムダなことに使いたくないですから。

 

 

※これは、過去の記事のリライトです。

 


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