アラカン"BOKU"のITな日常

あれこれ興味をもって考えたことを書いてます

本音をだせる人間関係が一人でもできれば、人生半分成功したようなもんですよ。

人間は「ありのままでしか生きられない生き物」です。

 

つまり、本音ですね。

 

もうひとつ、「言葉で伝えてもらえない限り、わからない生き物」でもあります。

 

この2つは、絶対です。

 

だから、「本音を言葉で伝え合わない限り、本当の人間関係は構築できない生き物」ということになります。

 

そして、「そういう相手に巡り合わないと、人間らしく生きられない生き物」ということもできます。

 

だから、そういう相手に巡り合えたら、幸せですよね。

 

人生は半分成功を約束されたようなもんです。

 

ところが、簡単にはいかないんですね。

 

これがまた。

 

本音をぶつけた瞬間に、相手がひいていく。

 

そんな経験をした人も多いんじゃないですかね。

 

残念ながら、本音をだせる人間関係を構築できる相手って、そう簡単には見つからないのが現実です。

 

まあ、人によって違いますが、自分の場合だと周りに1000人いたとしたら、作った自分を見せて建前で話す相手が999人で、ありのままの姿を見せて、本音で話しあえる相手が1人。

 

そんなくらいの比率じゃないですかね。 

 

圧倒的多数は、建前の相手です。

 

たとえば、仕事上でのつきあいだけの人とか。

 

ちょっとした顔見知り程度の知り合いや、何年かに一度くらいでしか顔をあわせない親戚とかね。

 

でも、これはしょうがないです。

 

やっぱ、仕事の相手とは利害関係がからみますしね。

 

同僚や上司だって、利害関係がないとは言えないし。

 

利害関係のある相手に、本音で話ができるとは思えません。

 

それに、たいていの場合、人間関係を構築するだけの時間が圧倒的に不足する相手なんですから。

 

まず、建前でおつきあいする相手として始まって、少しずつ、小出しにして見せていく。 

 

つまり、個性として「自分の本音の一部(見せてもよい部分)」を見せ、「自分の本音の一部(見せてもよい部分)」を話していくわけですね。

 

そうして、少しずつ人間関係を構築していって、本音をすべて出せる相手を探していく。

 

その時に、もっとも大事なことは、全員に好かれようとしないことですかね。 

 

普通に考えれば、自分がどのように素晴らしい意見や行為をしたとしても、50%には好かれて、50%には嫌われるんですから。

 

八方美人は最悪です。

 

100%に好かれようとすると、100%に嫌われるリスクの方が高いかもしれないことを忘れちゃいけません。

 

自分がそれをされたら、相手に言わないで心の中で軽蔑しますもんね。

 

たぶん。

 

自分の意見の白黒ははっきりさせながら、本音の一部をだしていく。

 

好きか嫌いか。

 

やってほしいか、やめてほしいか。

 

などなど。

 

多少反論が来るくらいが、ちょうどいい塩梅だと思うくらい、エッジが立ってて丁度いいかもしれないです。

 

そうして、1000人に1人もいないかもしれない、本音をだしあえる相手を探していく。

 

うーん。

 

それが人生だとしたら、地道な努力ですよね。

 

でも、自分の一生を左右するかもしれない相手を探すのですから、やらないと仕方ないんですけど。

 

まあ、なんにせよ、楽ではないです。

 

また、頑張ろうかな。