アラカン"BOKU"のITな日常

あれこれ興味をもって考えたことを書いてます

人間関係は難しい。嘘や、裏切りも、ある程度は許容していかないと生きていけないよ。

人間関係が難しいのは当たり前。

 

だって、みんな違う人間なんだから。

 

100人いれば100通りの人間がいるくらい。

 

考え方も違えば、価値観も違います。

 

その人達が自分たちの考えや価値観にもとづいて行動するわけです。

 

そうそう、自分の思い通りに動くわけないですね。

 

だから、たまには嘘をつかれたり、裏切られたり。

 

あって当たり前くらいに思わないと、しょうがないです。

 

まあ、気分はよくないですけど。

 

ギャーギャー怒っても、別に状況は変わりませんからね。

 

エネルギーを使うだけ、損かもしれないです。

 

なんで、腹が立つか?といえば、信じるからですよね。

 

それほどの根拠もないのに。

 

ちょっと「良い人に見える」とか「やさしくしてくれた」とか、ごく一部分だけを見て、その人のすべてを信じることなどできるわけもないのにですよ。

 

人は基本的に信じすぎないほうが精神的に良いです。

 

経験上の話だけですけど。

 

性善説性悪説とかそんな大層な話ではありません。

 

信じてて裏切られたら腹がたつ。

 

だけど、どうせ裏切るだろうなと信じないでいれば、裏切られたって、それほど腹がたたない。

 

裏切られるという事実が変わらないなら、腹をたてないですむだけ、得じゃないか・・という、ネガティブな理由だけです。

 

こんな事を言うと、時々怒られるんですけどね。

 

人を信じられなくなったらお終いだとか・・。

 

いや、違うんですよね。

 

信じたいから信じない・・というか、見放したくないから信じない・・というか、うまく表現できないんですけど、違うんです。 

 

例えばです。

 

自分が過去に、結果的に裏切られる格好になった相手から、謝罪をうけて、今回だけ信じてほしいと言われたとします。

 

正直、相手を見切ってしまうなら、そこで断って終わりです。

 

でも、自分がその相手を、もう一度信じてあげたい気持ちが少しだけあるような場合にどうするのか?です。

 

その時に「今度は裏切られない」と信頼して依頼をうけてしまうと、そうならなかった時に深く傷つきますよね。

 

でも、同じ受けるにしても、「きっと、また裏切られるんだろうな」と最悪のケースを予測しておけば、仮にそうなったとしても、「予想があたった」というだけですし、そうならなかったら、喜び倍増になります。

 

どう転んでも、お得です。

 

信じたいから信じない・・というか、見放したくないから信じない・・というニュアンスわかりますかねえ?

 

正直、心から信じていい相手って、1000人に1人いれば幸せな位なもんだと思ってたほうが良いと思ってます。

 

逆に言えば、その人に裏切られて死ぬことになっても、まあいいや・・と思える相手しか信じられないということです。

 

ちょっとした心の持ちようなんですけどね。

 

違いは大きいですよ。

 

すべての人間関係を否定して生きてはいけないですし、どっかで、人を信頼してまかせないといけないことは、生きている限り、しょっちゅうあります。

 

その時に、嘘や裏切りもある程度覚悟していないで、いちいち傷ついてたら、生きていけないですよ。

 

ほんとに。

 


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