アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うこと。

個人的には、深夜まで子供に塾で勉強させるのは大間違いだと思ってます。

 たまに仕事で遅くなって深夜(午後10時とか11時頃)帰っていると、たくさんの小学生かせいぜい中学生までの子供がバラバラと建物からでてくるのを見かけることがあります。

 

なんだ?と思うと、その建物が、学習塾なんですね。

 

いくら塾で勉強してたといっても、常識外の時間です。

 

なんて非常識な塾だ。

 

子供を塾に行かせたことがなくて、そのへんの事情に疎い自分は、ひとり憤ってました。

 

ですが、その塾は人気があるそうです。

 

かつ、その塾に通わせている親は別におかしいと思っていない。

 

それどころか、「子供が良い学校にはいるためだから」と言って、憤ってる自分の方がおかしいみたいに言われます。

 

わけがわかりません。

 

確かに勉強はしないより、した方が良いです。

 

でも、小学生・中学生の頃って、もっと大事なことがあるはずです。

 

人として「ちゃんと生きていく」ために必要な常識であったり、他の人と折り合いをつけて社会生活を営むために必要な諸々を学んでいかないといけない時期でもあるんです。

 

同時に、自分の頭で、物事の善悪を判断したり、行動を決めたりできる「自己」を確立する時期でもあります。 

 

そういうことの中には、友達との関係(遊びや揉め事を含めて)や教科書とは関係のない読書とか、そういう経験の中でしか身につかないものがたくさんあります。

 

なのに、午後の11時まで塾に縛り付けるような生活をさせる。

 

子供はいつ、勉強以外の大事なことを学ぶんですか?

 

親の方が大きな勘違いをしてませんか? 

 

人生のゴールは「良い大学にはいること」ではなんですよ。

 

かつ、「良い大学にはいれば、良い人生が保証される」ことも、絶対にありません。

 

学校を卒業して社会にでた時が自分の人生のスタートラインです。

 

どこであろうおと、学校は社会に出たときのための準備期間でしかないんです。 

 

社会に出たときからは、試験で良い点をとれるかどうか?は関係なくなります。

 

試験は「誰かが決めた答えと同じ答えを見つける」ことです。

 

対して、社会にでて向き合う問題は「絶対の正解はなくて、いくつかあるベターな答えのどれを選ぶべきかを自分で考えて判断する」性質のものしかありません。

 

まったく、真逆のスキルが求められます。

 

対人関係だって、自分に好意的に接してくれる良い人ばかりではありません。

 

性悪な人もいれば、嘘つきもいます。

 

強圧的な物言いを得意とする人もいれば、ずる賢い人もいます。

 

それでも、嫌な相手だから仕事しない・・なんて言って逃げるわけにはいかないんです。

 

そういう人たちを相手に渡り合っていかないといけないのが社会であり、仕事ですから。

 

ある程度、精神的にも、タフでないと生き抜いていけないんです。

 

そんな社会で、試験勉強しかさせてもらえず、親や先生の望むような行動をとることだけが正しいと教えられてきて、かつ、社会生活を営む諸々の知識や、乏しい人間関係しか経験していない自分の子供が、やっていけるかどうかを想像できないんですかね?  

 

他人事ながら、心配になります。

 

自分も親でしたからね。

 

正直、考え過ぎであることを願います。 

 


社会のことカテゴリの前の記事

久しぶりに国会中継をみて、すごい不安な気持ちになっちゃいました