アラカン"BOKU"のITな日常

あれこれ興味をもって考えたことを書いてます

企業ごとに「うちの働き方はこうだぞ!」ってのがあっても良いんじゃないかな。

長時間労働が問題になる以前から働いてました。

 

長時間労働が問題になりはじめた転換時期とかも経験してます。

 

ある日突然、残業するなって指示が上からふってくる。

 

いつも、そんな感じでした。

 

その経験から言えば、残業時間ってある程度のところまでは、簡単に減ります。

 

それまで、野放しだったら・・ですけどね。

 

もちろん、経営者側が意図的にやっているブラック企業は別ですよ。

 

それこそ、経営層が本気で「残業時間を減らせ」と言って、その本気度が従業員に伝われば、それだけで減ります。

 

それも半分とか三分の一とかまでは減ります。

 

実際、対策チームにはいって、どうするか検討していたら、何もしてないのに目標より下がってしまって、チームは解散・・なんてこともありました。 

 

ただ、そこから先は簡単にはいきませんけどね。

 

でも、最終的には、経営層が長時間労働を認めないメッセージを一貫して発することができるかどうか?で決まります。

 

ここで言うメッセージとは、スローガン的なことではありません。

 

口だけのスローガンなんて誰でもいえます。

 

普段の立ち居振る舞いなどの言語外コミュニケーションも含んだメッセージです。

 

たいていの企業は、これができないみたいですね。

 

例えばです。

 

長時間労働が問題になっている職場には、とても真面目で一生懸命仕事に取り組む代わりに、長時間労働をしている社員が必ずいます。 

 

20年か30年位前なら、無条件に頑張るやつということで評価されたであろう人たちですね。

 

この人達に経営者がどういう態度をとるか。

 

これがメッセージです。

 

もし、本当に働き方改革をやろうと思うなら、この人達を評価してはいけません。

 

当たり前ですよね。

 

長時間労働はやめましょう。

 

定時時間内で生産性をあげて結果をだしましょう。

 

ワークライフバランスを大切にしましょう。

 

こういう事に、完全に背を向けた人たちですから。

 

でも、悪い人でもなければ、本当に真面目に頑張っている人だったりするわけです。

 

単に、仕事のスタイルとして、そのやり方しか知らないということだけなんですね。

 

そこを改善させるには、一度否定しないといけません。

 

そこを経営層が躊躇して、この人達を褒めてしまうと・・それは、働き方改革とは真逆のメッセージになってしまいます。

 

すなわち、残業するな・・と建前では言ってるけど、無視して残業をしてでも結果だせば良いというのが本音なんだな・・と思わせてしまうわけです。


こう考えると、一貫性をとるのは、難しいですよね。

 

いろんな働き方をする社員がいますから。

 

ただ、個人的には、すべての企業が短時間労働・残業なしを徹底するという働き方だけを正義とするというのも、なんか、金太郎飴的画一化の弊害がありそうに感じて、正直、疑問です。

 

もちろん、労働者を搾取する(古い言葉だなあ・・)ブラック企業はなくしていかないといけません。

 

でも、同じことをするにも、時間をかけてじっくりやらないと力をだせない人ってのもいるんじゃないかと。

 

そういう働き方を全否定して良いのか?というと、ちょっと違うと感じるんです。 

 

ただ、1社の中で両方共認めてしまうと、ダブルスタンダードになって、働く側としてどっちをむいていいのかわからず、ストレスがたまります。

 

だから、もっと企業ごとにカラーを打ち出して、一貫性だけ守ればいいんじゃないかと思ったりします。

 

例えば、「うちは強制はしないけど、必要な時に長時間労働になっても四の五のいわない。むしろ頑張りとして積極的に評価する」って打ち出して、それを望む人だけを採用していくとかですね。

 

例えば。

 

短時間集中型で生産性重視の働き方が得意な人を評価する会社。

 

生産性重視ではなく、時間はかかっても丁寧な仕事をする人を評価する会社。

 

それこそ結果さえだせば、労働時間なんか問わないという会社。

 

などなど。

 

そういう色分けをはっきりして、終始一貫してくれる方が、働く側としては選択肢が広がってありがたいんじゃないかなあ。

 

そう思ったりもするわけです。

 


仕事のことカテゴリの前の記事

思わず財務省の担当者に同情してしまうくらい・・ひどいな!