アラカン"BOKU"のITな日常

あれこれ興味をもって考えたことを書いてます

整形美人とかメイク美人を、別にずるいと思いません。これも工夫や努力でしょ。

最近の美容整形とかメイク技術の進歩って凄いですね。

 

もう完全に別人の容姿になれちゃうみたいで。

 

まあ、同じ条件なら容姿が良い方が得をする。

 

それはしょうがないかなと思ってます。

 

本能的なものですから。

 

人は見かけに判断を左右されます。

 

例えば、魚とか肉とかでも、照明の色やパッケージの仕方を変えるだけで同じ量・同じ価格の商品が、売れたり残ったりするんです。

 

それと同じです。

 

でも、見かけで判断するのは最初だけです。

 

食料品なら食べておいしくなかったら、次は売れません。

 

いくら可愛い服でも、洗濯して縮んだり、縫製が甘くてほつれたりすると、そのブランドの服は二度と買わなかったりします。

 

見かけは「キッカケ」にすぎません。

 

いくら見かけに惹かれても、人ってすぐ飽きますし。

 

観光地のどんな美しい風景でも、そこに住んでる人にとっては単なる見飽きた日常の光景です。

 

自分も観光地で生まれ育ったので、なんでこんな所を観に遠くから来るんだろうと不思議に思うこともありましたね。

 

夫婦でも同じです。

 

最初のきっかけは、見た目とか雰囲気(なんか、感じのいい人・・とか)に左右されたかもしれませんけど、毎日いっしょに暮らしていると、正直、気にしなくなってきます。

 

そのかわり、価値観や考え方とか人間性等の内面を、好きになれるかどうかという部分に比重がうつります。

 

正直、容姿とかの見た目に左右される期間って、長くて3年くらいのもんじゃないですかね。

 

そこから先の何十年かは、お互いの内面を尊敬できるか、好きになれるかで関係性が決まる期間になるわけですよ。

 

そう考えれば、内面の優れた人が、キッカケをつかむために美容整形なりメイクなりで自分を飾るというのは、ある意味、理にかなった方法ですよね。

 

それによって相手もひょっとしたらキッカケがつかめずに出会えてなかったかもしれない「ベストパートナー」にであえて、ウインウインになれますしね。

 

だから、自分は「整形美人」とか「メイク美人」を否定をしませんし、ずるいとも思いません。 

 

これだって、工夫や努力のひとつです。

 

ありのままで勝負しろとか、正々堂々に・・というのは、持っている方=強者の都合にすぎません。

 

相対的弱者が強者に勝つには、何かしらしないとね。

 

そう考えたら、何が問題なの?って感じです。

 

ただ、まあ、順番としては「内面を磨く」→「(きっかけ作りのために)外観を磨く」であってほしいな・・とは思いますけど。

 


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