アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うこと。

良い会社から悪い会社(ダメな会社)になっていく分岐点。そういえば、こんな事もあったなあ。

前回、良い会社だったのが、ダメになっていくときって、こんな感じだったな・・と書きました。

 

その時に忘れてたんですが、後で思い出したことがあります。

 

人事的な話です。

 

良かった時は、今思い返しても、強烈な個性の人間が上にいたなあってことです。

 

それも色々なタイプがいましたね。

 

極端に強気でイケイケの人から、ものすごく慎重で理屈っぽい人までいて、みんなが好き勝手言ってました。

 

だから、下の人間はとことん大変でした。

 

指示が180度違ったりします。

 

なので、誰かの言うとおりにしてても、誰かに怒られるわけです。

 

しかも、誰かに言われたから・・とか理由を言うと、「言い訳するな!」って言われますし。

 

必然的に、自分で考えて動くしかなくなるわけです。

 

会議も、ほぼ言い争いですしね。

 

正直、ストレスは半端なかったです。

 

会議の前とか胃が痛くなるのが常でした。

 

でも、ある時期から、人事異動のたびに、俗に言う「うるさ型」の上司が少しずつ関連会社に出向したりして減りだしたんですね。

 

で、2年くらいすると、極端な意見を言う人間が少なくなり、上の人から降ってくる指示が、人によってばらつかなくなってきます。

 

指摘事項や指示も、突拍子もないものが減り、常識で考えて理解できるものになって、一貫性がでてきます。

 

こうやって書いてても、問題があると思えません。

 

下の人間としては、有り難い話です。

 

実際、よくなってきたって喜んでましたからね。

 

・・けれど。

 

今、思い返すと、この辺りからお湯の温度が少しずつあがって、「ゆでがえる」に近づいていたんです。

 

間違いなく。

 

そこから5年ほどすると、業績低迷でリストラの話題がでるようになっちゃいましたから。

 

そこから得た教訓です。

 

色んな考え方の人間がいて、意見をぶつけ合って、お互いをチェックしていないと、どっか甘くなります。

 

緊張感が緩むんですかね。

 

その甘さが、知らないうちに会社の市場における競争力を奪っていくんですね。

 

そういえば、田原総一朗さんが、コラムに書かれてました。


これは自民党に関する指摘ですが、会社にも、主流派・非主流派みたいなものが必要なんだと置き換えて読めば、すべての企業にも共通する話だなと思います。

 

これが「多様性の重要さ」なんですね。

 

最近、ダイバーシティとか洒落た言葉で語られて、グローバリズムとセットみたいになってますが、別に外国人がいなくても、昔から「多様性」は重要だったんです。

 

考えてみれば、同じような考えの人間だけということは、一人でやってるのと変わらないですから、やっぱ、限界あります。

 

会社が「多様性」を失って、激しい議論もなく、なごやかでリラックスできる雰囲気に包まれたら、居心地は良いんですけど、「ゆでがえる」になる危険もましている・・ですか。

 

楽して、ストレスなく、会社の業績もよく、給料もいい。

 

そんなうまい話はありませんねえ(笑)

 


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