アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うこと。

年金問題の解決には、元気な老人が弱った老人を支える世の中になる・・しかないのかなあ。

元気な年寄りが、自分より元気のない年寄りを支える社会。

 

ゾッとします。

 

でも、これからの社会の現実としては一番可能性が高いんじゃないですかね。

 

やれやれ。

 

少子高齢化は、もうどうしょうもないですから。

 

文明が進化した証拠でもありますし。

 

だとしたら、支えてもらう年寄りの人数と支える側の人数がどんどん接近してしまうわけです。

 

だから、60歳までの若い人に、それ以上の年齢のすべての「高齢者」を支えてもらう。

 

そんな高度成長期の夢は、もう消えました。

 

かといって、年金をいきなりなくすわけにはいきませんしね。

 

どうにかして、支える側の人口を増やさないといけないわけです。

 

どうしますか?

 

外国から支える側の人間として大量の移民を連れてきますか?

 

日本の女性が急に出産・子育てに邁進して、出生率がV字上昇する可能性に期待しますか?

 

どちらも、ありえないですよね。

 

後者よりは、前者の方がまだ可能性はありますけど、日本人の感覚として、米国みたいな移民国家へと舵をきるのは、そうとうな抵抗があるでしょうから。

 

たぶん、すすめようとしても、ある程度までで止まります。

 

じゃあ、残る手はひとつです。

 

政府がこういうしかないです。

 

高齢者の方、申し訳ありませんが、もっと働いて、社会保険料を支払ってください。

 

元気で自分で仕事して稼げる間は引き続き支える側にまわってもらわないと、国がもたないのです。

 

定年を撤廃するとか、採用時の年齢制限を禁止するとか、高齢者が働くにあたって障壁となる部分はきちんと整備しますから。

 

いよいよ働けなくなったら、支えられる側にまわってもらえるようにもしますから。

 

だから、元気な間は年金は受給しないで、働いて税金と社会保険料を収めてください。

 

お願いします。

 

・・てな感じで。

 

相当な反発はでてくるでしょうけどね。

 

もちろん、自分だって嫌です。

 

ふざけんな!・・と怒ると思います。

 

でも、他の手段・・ないですもんね。

 

そうなった時に、じゃあ「支える側」と「支えられる側」のどっちに回りたいか?となると、「支える側」でいたいと思ってしまう自分もいます。

 

個人的な推測ですが、恐らく死ぬ直前まで「支える側」でいたいと思う人の方が多いような気もします。

 

とにかく、歳をとって実感しました。

 

50歳をすぎると年齢による切り分けは、ほぼ無意味です。

 

元気か、元気でないか。

 

それだけです。

 

50歳位でもよぼよぼの「元気のない高齢者」になってしまう人もいます。

 

でも80歳を越えても達者な「元気にあふれた高齢者」を維持している人もいます。

 

個人差が著しいのです。

 

メディアなんかで紹介される「高齢者」のイメージは、そのうちの弱っている人ばかり映している気がします。

 

幼児みたいに、誰かに世話をしてもらえないと、自分のことすらできなくなっている。

 

親の世代を含めて、そういう弱ってしまった人と接する機会があるたびに、「こうなりたくない」と思う自分がいます。

 

そんなふうに人の世話にすがって生きる位なら、死んだほうがマシだし、よしんば、生きているなら、一生働き詰めで「忙しい」と言ってる方がナンボもマシだ。

 

支える側になれというなら、やってやる。

 

そんな感じに思ってしまうわけです。

 

とはいえ、実際のところ、政府がそんなこと言うわけないとも思ってますけどね。

 

自分の選挙に不利になりますもん。

 

本質的に必要なことでも、選挙に不利になることは、先送りしてしまうのが、今の政治家みたいに見えるので。

 

今のまま、ずるずる行って、まずい状況を隠蔽しまくって、どこかで隠しきれなくなった途端に、年金が突然支払われなくなる・・とか、極端に金額が減るとか。

 

最悪なんですけど・・可能性は高いかな。

 

考えたくもないですけど。

 


社会のことカテゴリの前の記事

arakan-pgm-ai.hatenablog.com