アラカン"BOKU"のITな日常

あれこれ興味をもって考えたことを書いてます

多様性(ダイバーシティ)は大事だけど、それだけで会社が成り立つわけがありません。

自分が経営者になったと仮定してみます。

 

仕事をするのが「楽」な状態はなんでしょう。

 

自分の思い通りにできること。

 

それがストレスがなくて、「楽」なんじゃないでしょうか。 

 

そのためには、自分の指示にさからわず社員全員が黙々と実行してくれる組織を作ることですかね。

 

たぶん簡単です。

 

俺に逆らう人間の意見なんか絶対に聞かない!

 

俺の言うことは、絶対だ!

 

トップがそういう態度を取り続ければ、自分の意見をもって逆らう資質のある社員は、勝手にバンバン辞めていってくれますから。

 

勝手に、誰も逆らわないYESマン組織ができあがります。

 

でも・・。

 

それがいいわけはないです。

 

経営者以外の社員のストレスと引き換えの自由ですから。

 

業績が良ければ、許容されてしまうことも、その経営者が衰えたり、考えが時代にあわなくなってくると、簡単に衰退して、会社そのものの消滅危機を迎えてしまいます。 

 

やっぱり、多様性(ダイバーシティ)は大事です。

 

面倒くさいですけどね。

 

でも、様々な経験・スキル・考えをもった人材が集まり、様々な観点からアイディアや意見を出し合うことで、一人では思いつかないようなアイディアが生まれたり、問題に早期に気づくことができる。

 

そういうメリットを否定することはできません。

 

でも、多様性(ダイバーシティ)があれば、それだけで良いのか? 

 

と言われれば、それもNOです。

 

やはり「芯になる部分の一貫性」がなければ、意味がない。

 

個人的には、そう思ってます。

 

じゃあ、「芯になる部分」ってなによ?・・ですが。

 

自分は「その会社の絶対的判断基準のこと」だと思っています。

 

具体的に例をあげてみます。

 

取引先と共存共栄できること。

 

そういう「絶対的判断基準」をもっていたとします。

 

共存共栄ということは、自分たちの利益のために、取引先の経営が苦しくなるようなことはしませんということです。

 

具体的には。

 

適正原価に対して、適正価格で購入する。

 

支払い期限等の約束はきちんと守る。

 

みたいなことですね。

 

こういうことを共有して、最後のところで、それを最優先の判断条件にする。

 

それができていれば、どんなに多様な人間が多様なやり方・考え方で事をすすめても、トータル的にはぶれない集団になれます。

 

でも、実際そうはいきません。

 

自分が経験したり、話を聞けたりする範囲では、日本の企業で以下のいずれかみたいな企業は、まだたくさんある感じがします。

  • 会社の軸はしっかりしているが、多様性があると言えない。
  • 多様性はあるけど、個人商店の集まりみたいにバラバラ

 

特に後者はたちが悪いです。 

 

たとえば。

 

部門の責任者が変わるたびに、仕事のやり方や取引先・お客様に対する接し方などの根本的な部分がころころ変わる企業とかですね。

 

実際に、そういう企業に勤務していた人から聞いたことがあります。

 

昨日まで「これでOKです」と言っていた事を、今日は「だめです」と言わなければならない。

 

そういうことが頻繁におきたそうです。

 

精神的にきついです。

 

そう言ってました。

 

そうでしょうね。

 

これも多様性だと言われればそうなんですけど。

 

間違いなく「信用おけない会社」に見えているはずです。

 

案の定というか、その会社はちょっとしたつまづきから回復できず、ずるずる業績が悪化してダメになったそうですが、それが原因のひとつでないとは、とても思えません。

 

多様性とぶれない判断基準の両立。

 

難しいです。

 

だけど、どちらも必要だと、覚悟をきめるしかないですよね。

 


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