アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うことを書いてます。

良心を持たず、罪悪感も感じないサイコパス!?そんな人間がいたら、死刑廃止なんて絶対ムリだな。

死刑制度に関する議論は、よく目にします。 

廃止すべきか。 

法として残すべきか。 

どちらにもメリット・デメリットがあり、かつ、二者択一で真ん中がない議論なので、歩み寄って妥協点を見出すのも難しい。 

なかなか、決着はつきませんよね。 

世界的には、死刑廃止の方向性の国が増えているようです。 

だけど、アメリカのように死刑廃止によって凶悪犯罪が増加したことで復活した国とかもあるみたいですから、この先、どうなるかなんてわかりません。 

自分はどうかというと。 

法として残すべきの立場をとってます。

 

理由はシンプルです

 

死刑でしか・・というか、死刑ですら釣り合いの取れない罪というものが、世の中には、必ず存在するからです。 

乱用する必要はないけれど、法制度として死刑は必要だ。 

そういう考え方です。 

そして長く生きてると、嫌でも気付かされることがあります。 

信じたくはないけれど、死刑によって、世の中から消してしまわない限り、絶対に更生なんて望めない人間というのも、少なからず存在しているみたいだ。 

ということです。 

例えば、こういう記事を見る。 

一瞬、すごく特殊な人間のことを書いているみたいに見えるのです。

でも、実際のところ、自分は確かにこういう人間のことを、話に聞くだけではなく、会ったことすらあると思い出すわけです。

karapaia.com

 

ちょっと引用してみます。 

サイコパスは社会の捕食者(プレデター)であり、極端な冷酷さ、無慈悲、エゴイズム、感情の欠如、結果至上主義が主な特徴である。

良心や他人に対する思いやりに全く欠けており、罪悪感も後悔の念もなく、社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しいものを取り、好きなように振る舞う。

その大部分は殺人を犯す凶悪犯ではなく、身近にひそむ異常人格者である。

 

良心もなく、思いやりもなく、罪悪感も後悔の念もない。 

げんなりしませんか。 

人間は、本来平和を望むものと信じたいわけです。 

少なくとも、現代の人間は、それくらいには賢くなっていると信じたいわけです。  

だって、戦争によって支配したり、されたりしながら、終わることなくお互いに殺し合う。 

そういうことを、人間は1万年近く続けてきて、悲惨な歴史を積み重ねてきたわけですから。 

そこから学習して、それは間違っている。 

憎しみの連鎖を生むような戦争や殺し合いはやってはいけない。 

それを前提とできるくらいに、いい加減、賢くならないと駄目です。 

なのに、戦争をしたい人がいるわけです。 

他人を傷つけたり、支配したりするのが楽しい人がいるわけです。 

平和な人を見ると壊したくなる人がいるわけです。 

他人を傷つけることに喜びを感じる人がいるわけです。 

この時点で、精神病・・ですよ。 

だから、明らかに、そういう人間が引き起こしたと思われる事件のニュースを見たり、話に聞いたりするたびに、不思議に思います。 

あまりにも身勝手な動機による殺人事件とかの犯人に、なんで、精神鑑定なんて必要なんだ?・・とですね。  

そもそも、精神のどこかが狂ってたり、頭のネジがどっかにとんでいなければ、こんな事件はおこしません。 

だから、はっきりしてます。 

繰り返しますが、精神病ですよ。 

でも、心神喪失だろうと、頭がいかれてようと、犯した罪に対しての罰をうけることに、なんら影響しないはずです。 

本来であれば。 

殺人という罪をおかした。 

その事実だけを裁けばいいはずです。 

なんで、そうできなくて、精神鑑定なんかに、いたずらに時間をかける必要がある法律になってるんだ。 

なんのための法律なんだ? 

弁護士の利益のために、わざとゴネるネタとして法律に穴をあけてるんじゃないだろうな・・。 

なんてことまで思ってしまうくらい、納得いきません。  

無茶なことを言っていますかねえ? 

そう思っている人は意外と多いと思うんですけど。