アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うことを書いてます。

楽しくないときには、笑顔になれないのは当たり前です

笑顔は素敵です。

 

心から笑っている人は、見ているだけで幸せな気分になれますもん。


良い笑顔が自然にできる人は本当にうらやましい。

 

あれはひとつの才能です。

 

才能のない人間にとっては、超難しい。

 

そうなりたいなと思って、無理に笑顔を作ろうとしても、逆効果だったりしますし。

 

人を不快にさせるような行為と言っても色々ありますが、あいそ笑いもそのひとつじゃないですかね。

 

それもかなりやっかいな。

 

同じ不快にさせる行為でも、暴力的だとか、口汚いとか、人に迷惑ばかりかけるとか・・みたいなわかりやすのは、気をつければ何とかなりそうな気がするんですが。

 

なんか、「あいそ笑い」はやってしまいそうですし。

 

なんで、あいそ笑いが人を不快にするかというと

 

たぶん、理由は次の2つです。

  • 裏の感情の存在を感じさせてしまう。
  • 自分の過去の嫌な記憶を呼び起こさせてしまう。

 

裏の感情の存在を感じさせてしまう というのは、表面的には笑顔なんだけど・・・の、「・・・」の部分です。

 

心の中ではそう思ってないだろうな・・とか。

 

心の中でも、相手を馬鹿にしてるんだろうな・・とか。

 

そういうのが、笑顔の裏に透けてみえてしまうことです。

 

自分の過去の嫌な記憶を呼び起こさせてしまう

というのは、もうちょっと複雑ですね。

 

あいそ笑いを一度もしたことのない人はいないでしょう。 

 

でも、あいそ笑いって、良い記憶と結びついていることってそうないです。

 

自分もそうでしたけど、後味が苦いです。

 

例えば・・です。

 

自分の子供のころにも「いじめ」みたいな事はありました。

 

通せんぼされたり、紙玉を投げつけられたり、黒板に悪口っぽいことを書かれたり。


意地悪される・・の方がニュアンスが近いかもしれません。

 

自分がしたことはないです。

 

でも、標的になったことはあります。


その時、意地悪されているのに「あいそ笑い」をしてた時があります。


なんとなく、笑顔をつくって、気にしていないフリをしないと、小さいやつみたいに思われたり、余計にみじめになるような気がして、「嫌だけど、笑ったふり」をするわけなんですけど。


空気を読んだ・・ってやつですかね。


子供ながらに。

 

この頃を思い出すと、自分に腹がたちます。

 

そんな嫌な記憶を、人のあいそ笑いを見ると思い出すんです。

 

これは不快ですよ。

 

あいそ笑いをしない・・ってのはどうしたら良いのか

正直、仕事中に「あいそ笑い」するのは良いと思ってます。

 

仕事自体がある程度演技しないと務まらないし。

 

会社の偉い人や、お客さんに「あいそ笑い」してても、それを見てどうのこうの言っても仕方ない気もしますし。

 

ただ、プライベートは別です。

 

単純な話、楽しくないときには、笑顔を作らなければいいんです。

 

嫌だったら、嫌といえばいいんです。

 

相手は怒るかもしれませんけど。

 

いいじゃないですか・・別に。

 

嫌なことをしているのは向こうなんだし。

 

そもそも楽しくない時に笑顔になれないのは当たり前のことだし。

 

意思表示をはっきりしてたら、あいそ笑いを期待している相手は嫌がるかもしれないけれど、それ以外の人たちは不快になりません。

 

あいそ笑いをしたら、その逆です。

 

じゃあ、自分にとって大切なのはどっちなの?

 

それを考えたら良いだけのことかな。

 

などと最近は思うのですね。

 

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