アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うこと。

普通の中学生が理解できるか?を基準に資料を作り、説明しないとダメな理由

役職定年しました。

 

報告を受ける側からする側に久しぶりに戻ったわけです。

 

そのこと自体に問題ありません。

 

もともと、会議が嫌いで、手を動かす方が好きな方なので、実に快適です。

 

ただ、ちょっとだけ困ったことが。

 

それは、自分ではわかりやすく資料を作ったり、説明したつもりなのに、とんちんかんな質問が返ってくると、必要以上にイラッとするようになったことです。

 

さっき説明したとこじゃないか!

 

今の話の流れに関係ないじゃないか!

 

いや・・これくらいわかれよ!

 

みたいな・・感じ。

 

口に出さないようにするのに、苦労しますね。

 

それに加えて。

 

事前配付した資料に全く目も通してないのがわかったりすると、駄目ですね。

 

読まないなら、会議の2日前間に資料を配付しろとか言うなよ!?

 

なんて・・これは、口にだしてしまったりもしますね(笑)。

 

やれやれ。

 

が・・・まあ、そこまでは良しとしましょう。

 

なんだかんだ言って、会議で若干余計な時間がかかったとしても、それほど大きな問題はなく終わりはしますから。

 

ところが。

 

本当に爆発しそうになりがちなことが、その後にやってきます。

 

繰り返しますが、会議は問題なく終わっているわけですよ。

 

質疑応答時間に特に質問や指摘事項もありません。

 

よろしいですか?などと聞くと、みなさん真剣な顔で頷いている。

 

よしよし。

 

でも、それからしばらくして、会議で説明したことを実施するために作業をすすめている過程でわかってくることがあります。

 

その会議に出席していたのに、内容を全く理解もしていないどころか、そもそも話すら聞いていなかったんじゃないかという人が少なからずいることです。

 

結局、後で、その人達に対しては同じことを個別に説明する羽目になるわけです。

 

人数が多い時は、もう一回会議で説明したりとかね。

 

気がつけば、その人達に対する説明や資料作成の時間に圧迫されて、本来、やらないといけないことをする時間がなくなってたりします。

 

うーーん。

 

とんでもない本末転倒の悪循環ですよね。

 

こういうことがあるのか・・。

 

これには参りました。

 

そして、試行錯誤の末に、辿り着いた結論がこうです。

 

  • 資料は中学生に説明するつもりで作ること。
  • 説明も中学生に説明するつもりですること。

 

ようするに、資料の作り方や説明の仕方に、もうひと工夫足りなかったということだと気がついたのです。

 

どうしても、資料を作るときや説明する時にはある程度までは「参加者全員がここまでは知っている」前提で話すことになりがちですが、これがよくなかったですね。

 

会議には、様々な人がいます。

 

経験した仕事や得意分野も違うので、ある領域では詳しい知識を持っていても、ある領域では全く無知ということはありえるわけです。

 

これを忘れてました。

 

だから、まず、専門用語は使わないようにします。

 

どうしても必要なときは、その専門用語の説明も加えます。

 

できるだけ要点だけを伝えて、枝葉や例外に触れないようにします。

 

文字を大きくして、かつ、文字数を少なくします。

 

グラフとかのビジュアルも増やします。 

 

グラフも伝えたいことだけを強調してデフォルトするようにしたり。

 

例えば。

 

たくさんの選択肢があっても、その中でポイントとなるひとつの項目の傾向が説明に必要なだけだったら、必要な一つのグラフと、その他・・みたいに他を圧縮して表示したりとか、とにかく、ぱっと見て直感的に理解できるようにするわけです。

 

そして、結論を最初に書く。

 

最初に知ってほしい結論を書いて、説明をあとにする。 

 

そういうことに力点をおくんです。

 

とにかく、その仕事内容について全く知らない、自分のうちの妻や子供に説明して、内容が伝わるくらいにまで平易にしてみました。

 

そしたら、効果はすぐに現れましたね。

 

しかも劇的に。

 

手戻りや余分な説明が必要なくなって、会議もすぐ終わるようになりました。

 

なんだ、自分の「伝える力」の問題だったのか?・・と思いましたねえ。

 

さて。

 

ちょっと、誤解を招くかもしれないから補足しますね。

 

まず、この話の本質はですね・・会議で説明する相手が頭が悪いとか、そんな話じゃないということです。

 

例えば、自分で作った資料やプログラムを1年後に自分で見てパッとわかるか?という問題なんです。

 

意外と、自分で自分の資料がわからないはずですよ。

 

 

つまり、当事者で資料を作っている本人が考える「これくらいわかるだろう」は、本人以外の人間にとっては「非常にわかりづらい」ことだということです。

 

当事者でなくなった1年後の自分が、1年前の自分が作った資料を見て、ぱっと理解できないことがあるのが、その証拠です。

 

だから、当事者とか関係なくわかりやすくするには、「子供でもわかるくらいに」という共通の軸をおくくらいでないと、うまくいかないということです。

 

これ、ホントに良いですよ。

 

おすすめです。

 

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