"BOKU"のITな日常

62歳・文系システムエンジニアの”BOKU”は日々勉強を楽しんでます

評価される側はどうしてもらうと嬉しいんだろう?

会社の人事評価制度を語る時に、評価する側の視点からの話が多くなるのは当たり前ですけど、それでいいのかな?という話です。

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会社側視点になるのは当たり前?

 

評価の話って、仕方ないですけど、会社側視点で語られることが多いです。

例えば。

  • どうやって評価したら、社員のモチベーションをあげられるか?
  • どういう評価制度であれば、会社の業績向上につながるのだろう?

みたいな感じですね。

 

評価される側の気持ちはどうなの?

 

そんなことを考えていると、ちょっとモヤモヤします。

考え方が一方通行だから。

そもそもの話。

社員のモチベーションなんて「会社によい評価をされたら喜んで頑張る」みたいに単純なわけはないのに、人を評価する側のお話を聞くと、無造作にこう言われたりします。

  • 良い評価をつけてやれば社員は喜ぶ
  • 面談をしてきちんと話を聞けばモチベーションが維持できる。

本当ですかね? 

 

褒められればうれしいけど・・

 

人間だれしも、低い評価より高い評価のほうが気分はいいです。 

プライドの問題もありますが、褒められたら、なんだって多少はうれしい。 

それが人間です。

でも、それ以上の何があるのか?なんです。  

実際には高い評価をいただきました・・といっても、他の人が1%の昇給額だったところ、3%にしてもらえました・・とか、そんなところだったりします。

あと、賞与の支給月数が他の人が1.8ケ月分のところ、2.0月分満額もらえたよとか。

それで終わってたりします。

社内ヒエラルキーの上位を本気で目指している人なら、出世競争に勝ち抜く資格をひとつ得た・・みたいな効果もあるかもしれませんけど、まあ、ごく一部でしょうし。

実際。

評価される側は、どのように評価されたらうれしいんでしょうね。 

それが抜け落ちてて、「社員のモチベーションをあげる」とか、ちゃんちゃらおかしいんじゃないのか?

そんなことを考えてしまいます。

 

社員ひとりひとり違うでしょうね

 

ただ。

評価される側のことを考えると、これは大変です。

たぶん、社員ひとりひとりが皆違うので。

なりふりかまわず出世を目指すやつもいれば、出世しなくてもいいから自宅から通えるところでだけ働きたい人もいます。

そこに同一の評価基準をあてはめるのはナンセンスです。

出世を望まず、ワークライフバランスを重視している人に、「人事評価で良い点をつけてやるから頑張れ・・」なんて言っても全然響かないのは当たり前ですから。 

理想論からいえば、「評価される側である社員ひとりひとりがもとめているものが違う」のであれば、評価方法・基準自体も「社員ひとりひとり違うセミオーダーメードの評価制度が必要」なんでしょうね。

でも。

そんなことできるわけがない。

コストがかかりすぎるし、「不可能」だ。

普通の人はそういうでしょう。

 

現在の常識にとらわれないで工夫することも必要でしょうね

 

幸い。

技術はどんどん進化してます。

自動運転車とかスマートフォンとか、自分らが子供のころに空想科学小説やSFマンガの世界でしか存在しなかったものが実現している現代ですからね。

工夫しだいでなんとかなるかもしれないと思えないことはないです。

1000人いて、1000通りの評価制度を適用するのは無茶だと自分でも思いますが、ある程度の共通軸でまとめて、10~20パターンくらいの評価グループにまとめて、「評価される側が望む方向性で評価する」に近づけるとかは、なんとなくできそうに思います。

とにかく。

顧客についてはニーズを研究して、それを販売に生かそうとするのに、なんで、社員に対しては「社員の評価に対するニーズ」を調べて、それを生かそうって考えにならないのかが不思議です。

具体的な方法論よりも、まず落ち着いて「人事評価される側はどうしてもらうと嬉しいんだろう?」という疑問を考えてみる。

それだけでも何かが変わるかも・・です。