"BOKU"のITな日常

62歳・文系システムエンジニアの”BOKU”は日々勉強を楽しんでます

他人にどう思われるかより、自分に恥じないかどうかを気にする

人にどう思われているかを過剰に心配をすることは、無駄だと思います。

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100%嫌われないなんて不可能

 

好き嫌いの基準は、人によってみんな違います。

100人いれば、100通りの好き嫌いの基準があります。

同じことをしても、好きと思う人もいれば、嫌いだと思う人もいる。

仮に、神様のような人格者がいたとしても。

みんなに好かれているから嫌いだ!という理由で嫌うへそ曲がりは、必ずいます。

ましてや、普通の人なんか。

100%の人に「好かれる=嫌われない」ことは不可能です。 

 

人は好きか嫌いかについても嘘をつける

 

やっかいなことに・・、人間は嘘をつく生き物です。

好きな相手に対して、嫌いな態度をとることもあれば。

嫌いな相手に、好きに見せかける態度をとることもあります。

こんな生き物相手に、目に見える情報で100%本心を見抜くなんて出来ません。

だから。

他人に自分のことをどう思われているか?

そんなことを気にしだしたら、一生安心なんかできません。

 

他人の評価を気にするのは人生の無駄以外のなにものでもない

 

100%の人に好かれるのは無理です。

だったら。

他人の眼とか評価とかを気にしてもしょうがない。

それを気にして、疑心暗鬼のストレスと向き合うなんて無駄以外のなにものでもない。

そう理屈ではわかってるのです。

それでもね。

10代、20代の時は理屈通りにはいかなかったです。

友人・知人は多い方が偉いみたいに思い込んでましたし、口では「他人にどう思われようが知らないね」なんて言いながら、内心では気にしてたりもしました。

失敗をしたりすると「皆にあの程度のヤツ」って思われたんじゃないかと気になって、必要もないのに虚勢をはって、よけいに落ち込んだりもしました。

その都度。

自分が「小さいヤツ」に思えて、それでまた落ち込んだり。

実に無駄なことにエネルギーをつかってたなと今では思います。

 

自分は人付き合いの輪を小さくして逃れた

 

自分の場合は、あるきっかけで「自分は人づきあいがストレスになるタイプだ」と気づくことができました。

だから、ひたすら、人付き合いの輪を縮めました。

人付き合いの輪って増やすのは色々しんどいですが、減らすのは簡単でした。

もともと、人気者ではなく、誘ってくる相手も「誘わないと悪いかな」みたいに気をつかって声をかける程度のものだったみたいで、誘われても断りつづけていると、誘われなくなりました。

そしたら、楽になりましたね。

世の中には、いろいろな人がいます。

コミュニケーションが上手で沢山の友人・知人といっしょに何かをするのが楽しい人もいれば、一人でいる時間が必要な人もいます。

結局、自分にあったスタイルで生活するのが一番大事みたいです。

もちろん。

たまに「変わってる」とかは言われます(笑)。

人脈つくりが必要だとか説教してくる人もいます(苦笑)。

でも。

偉い人の知り合いが多いとか。

お金持ちだとか。

そういうことで、人間の価値が決まるとも思えなくて、無視してます。

 

自分に恥じない生き方をしてるか?だけなんだよな

 

今になって思えば。

他人の目を気にして、好かれているかどうかを気にするのは「自分の生き方を他人に評価させようとしていた」のです。

自分で自分を評価する軸を持っていないから、他人の目からどう見えるかで、自分の生き方が間違っていないことを確認しないと不安だ。

そういう心理です。

でも、それは大間違いでした。

自分の生き方を評価できるのは、結局、自分です。

だから、時々自分に対して「恥ずかしくない生き方をしてるか」と自分の心に問いかけて「YES」と答えられている限り、大丈夫。

自分にとっては正解なんだから。

そう思っていたりするわけです。