"BOKU"のITな日常

還暦越えの文系システムエンジニアの”BOKU”は新しいことが大好きです。

他人にどう思われるかより、自分に恥じないかどうかを気にする

人にどう思われているか・・とか、嫌われたりしていないか・・とかを心配をすることにエネルギーを使うのは、無駄なことじゃないか?という話です。

f:id:arakan_no_boku:20190217003148j:plain

 

100%嫌われないなんて不可能

 

100%の人に好かれる=嫌われないなんてことは不可能です。 

これは言い切れます。

だって、好き嫌いの基準は、人によってみんな違いますから。 

100人いれば、100通りの基準があるくらいに。

同じことをしても、好きと思ってくれる人もいれば、嫌いだと思う人もいる。

それが当たり前です。 

仮に、99%の人が大好きと思う神様のような人格者でも、「みんなに好かれているから嫌いだ!」なんて理由で嫌うへそ曲がりが必ずいます。 

だから。

100%の人に好かれることも、100%の人に嫌われることもできません。

ここが出発点になります。

 

人は好きか嫌いかについても嘘をつける

 

もうひとつやっかいなこと。

それは、人間は嘘を上手に使える生き物だということです。

好きな相手に対して、嫌いな態度をとれる。

嫌いな相手でも好きに見せかける態度をとれる。

こんな生き物相手に、目に見える態度だけで100%本心を見抜くのは、なかなかに困難です。

だから、他人が自分のことをどう思うかなんて気にしてたら、一生安心できません。

相手の態度をちらちら見ながら、嫌われてないよね・・と確認しないと安心できなくなったらなんて考えるだけで気が狂いそうです。

 

コントロールできるのは自分だけ

 

他人の心はコントロールできないのですね。

当たり前ですけど。

しかも、どんなことをしたって、100%の人に好かれるのは無理なんです。

だったら。

他人の眼とか評価とかを気にしている限りは、一生疑心暗鬼のストレスと向き合わないといけません。

これは人生の無駄だと・・個人的には思ってます。

だったら、唯一自分でコントロール可能なもの・・それは「自分」です・・に、基準をおいて、他人からの評価を気にしない方が人生豊かに暮らせる気がします。

 

自分を基準にすえる

 

自分を基準におくやり方は色々です。

自分に恥じない生き方ができているかどうか。。

人として正しいことをしているかどうか。

このあたりをベースにするのもいいですし、「昨日の自分より少しでも進歩したかどうか」みたいなことでもなんでもいいわけです。

ちなみに、自分の場合は「昨日の自分との勝負」派です。

それも局所戦で。

ある程度の年齢になってくると、生物として衰える部分がでてくるのは仕方ないですから、すべてを十代・二十代のころの自分を上回るなんて考えるだけ無駄です。

でも、特定のことに絞って、昨日の自分に勝つくらいなら何とかなりますから、日々そういう局地戦をして「今日もさぼらず頑張った」と思えれば「自分に恥じない」と思えるし、「自分に恥じない」と思ってたら、他人の眼ってそんなに気にならなくなるしな・・・と。

まあ、そんな感じでやってますが。

悪くはないですよ。