"BOKU"のITな日常

62歳・文系システムエンジニアの”BOKU”は日々勉強を楽しんでます

親切をされた時、素直にありがとうと言うのは、簡単そうで、難しい。

親切を、すっと自然体でうけとめて、笑顔で有難うという。 

簡単なことのはずなのに、できないんです。 

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なんで出来ないのか自分でもわからない

 

この間。

とても情けない思いをしました。 

久しぶりに怪我をしたのです。 

肉離れなんですけどね。 

パッチンって音が聞こえるくらい派手にやってしまいました。 

治療はしてもらったものの、すぐにはくっつきません。 

さすがに普通には歩けないので、松葉杖をついて電車に乗ったりしてたわけです。 

そうすると、世の中捨てたもんじゃない。 

みなさん、親切なんです。 

心の中では、ずっと感謝してました。

ところが。

普段、人にお世話をされることに慣れていないからですかね・・。

親切にされる立場になるとどう対応していいのかわからなくなるんです。 

例えば。

電車の壁にもたれて松葉杖をついて立っていた時です。 

自分に気づいた若い女性がすっと立ち上がって、「どうぞ、座ってください」って、声をかけてくれたんです。 

ありがたいですね。 

そこで、にっこり笑って「有難うございます」って、座らせてもらう。 

そうすれば良いだけなのに・・、これができない。 

心とは裏腹に、反射的に「いや、いいです。立っていた方が楽なんで・・」と、言ってしまいました。 

しかも、ぶっきらぼうに。 

その親切な女性は困った顔で立ちっぱなしになるし、車両の中がみょうな空気になるわで、まあその後駅に着くまでの時間が長いこと長いこと・・。 

実に気まずかったです。 

もう、全部自分が悪いです。 

本当にごめんなさいなんですけどね。 

その女性にもう一度あって、「あなたは全く悪くありません。自分がクソ野郎だったんです。本当にごめんさない。」って、お詫びしたいです。 

 

改善したいと切におもいます

 

さすがに。

自分でも反省します。

できない・・じゃ、すまないなと。

だって。

このまま年齢を重ねると、助けてもらう機会はもっと増えます。

それなのに、こんなことしてたら最悪です。

自分が若い時に嫌な思いをした「人の親切を無視する偏屈なクソ爺」そのものになってしまうじゃないかという危機感が凄いです。

て。

原因を考えました。 

行き着いた答えは、練習不足です。 

親切にされる練習ってなんらねん!

そういうツッコミが聞こえてきそうですが、そうとしか思えません。

といっても。

親切にされる練習なんて、どうして良いのかさっぱりわかりません。 

ありがとうの素振りなんてしてたら、単なるイタイ人ですし。 

なので。 

今は「親切にされた時に、素直に反応する」イメージトレーニングをしてます。

イメージの中では、自分はいくらでも素直な可愛い爺さんになれますから。 

イメージの中で経験をつんどけば、そのうち体現できるようになる。

そう信じて続けてみようかなと思ってます。 

ホント。

ネイティブに「好感度の高い可愛いお年寄り」になれるというのも、ひとつの才能だよな・・などと思う今日この頃です(笑)