アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うことを書いてます。

日本は、国民主権で個人の権利を尊重する国。だけど、「個人主義」と「利己主義」とは違うんだからね。

個人主義と聞いたら、自分勝手なネガティブイメージを想像する人もあると思います。 

実は違います。 

そっちは、「利己主義」とか言うらしくて、「個人主義」はとてもポジティブな言葉みたいです。 

個人主義 - Wikipedia から引用してみます。

国家や社会の権威に対して個人の権利と自由を尊重することを主張する立場。

あるいは共同体や国家、民族、家の重要性の根拠を個人の尊厳に求め、その権利と義務の発生原理を説く思想。 

 ちょっと、固いです。 

自分は、もうちょっと砕いて、こういうことだと理解してます。

  • 国や企業の利益になるからといって、公害や奴隷的労働契約みたいな、個人の権利や尊厳を侵害する行為に対して、泣き寝入りする必要はないんだぞ!という立場。
  • 個人のワガママや自由の主張が、他者の人権や幸福追求を阻害しないような「自由の相互承認」を義務とする立場。
  • 社会のルールを守りつつ、お互いの自由を尊重しあって、平和に幸せに各個人が生活しける社会の構築と維持が国家の役割だという思想。

 まあ、ようするに、「個人主義」ってのは、「国や企業などの権力が全体の利益のために個人の尊厳や権利を蔑ろにするのを許さない」ということです。

自分のワガママ放題やっていいわけじゃないんだぞ・・ってことです。 

 

日本は「国民主権」の国です

 

憲法で個人の人権については、手厚く保護されています。 

だから、「個人主義」を基本とする国だと、個人的には思ってます。 

戦前までの日本は「お国のため」が最優先だったみたいです。 

極端な話、戦争をするために自分のこと(個人のこと)は我慢しろというのは、完全な「全体主義」です。 

権力のある人からすると「全体主義」は都合が良いです。 

なんとなく理屈をつければ、自分らの好きなようにできます。 

だから、今でも「全体主義」を貫こうとする人はいますよね。 

ワンマン社長とか。 

現在の憲法が制定されても、「個人主義」にスパっと切り替えられない人もいっぱいいました。

昭和の時代にはまだまだ・・。 

高度経済成長時代は、特にひどかったです。

企業の利益を優先し、多数の国民に重大な健康被害や自然破壊をともなう「公害」が放置される「全体主義」的な行いが横行してました。

当時の日本は、今、ニュース映像で映し出される「中国の公害」映像とダブります。

リアルタイムで見てきた人間としては、それは・・酷いものでした。

経済界も政治も、経済を優先するあまり、人権を軽視する行為を正当化しようとしていましたけど、間違ってますから、勇気ある人々がそれと戦った歴史があり、今の日本があります。

おかげで、現代の日本はそのあたりは改善されて、世界の中でも、かなり優れた「個人主義」の国になっていると思います。

 

個人主義と利己主義を間違ってるバカ者はいるけど

 

改善された日本にあっても、中には、いるんですね。 

自分のワガママ勝手を「個人主義」と勘違いしている人が。 

例えば。 

騒音をだしたり、ゴミだしなどの共同生活のルールを無視して、それで他人に迷惑をかけても平気でいる人。 

給食費とか税金とか、自分が負担しないで、サービスだけ受けようと画策するような人。 

などなど。 

これは単なる「利己主義」(自己の利益を重視し、他者の利益を軽視、無視する考え方)であって、全く違うものです。 

正直、すごい迷惑なんですね。 

何故かというと、「全体主義」的思想を復活させたいと思っている人たちに理由を与えてしまうから。 

個人主義って、国民にとってはすごく良い考え方です。 

でも、前にも書いたとおり、権力の側にいる人達にとっては、とても邪魔くさいのです。 

だから、例えば国とか企業の権力者の中には、「個人の権利をもっと縮小して、自分たちのやりやすいようにしたい」と思う人達が必ずいます。  

でも、建前上、それは言えません。 

ところが、「利己主義」で迷惑をかける人たちがいたら、それをとりあげて、「ほら見ろ。こういうことが起きるから、個人主義はだめなんだ。もっと、個人の権利を制限して、統制的なことをしていかないといけないんだ」と言えます。 

これは危険ですよ。 

どう考えても。 

だから、「利己主義」的行動に対してはだけは、もう少し、厳しくゴネ得にならないようにしないといけない。 

そう思います。