"BOKU"のITな日常

62歳・文系システムエンジニアの”BOKU”は日々勉強を楽しんでます

友達といるより、ひとりになれる時間が大切な人間もいるのです。

友達が大事なことは否定しないけど、友達といる時間よりも「ひとりの時間」を持つ方が生きるために必要な人間だっている・・というのが、今回のテーマです。

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ホントに仲の良い友達って空気みたいなもんだった

 

まるで空気みたいに、一緒にいるとリラックスできる相手。

それが、どれほど有難い存在だったのかは、大人になってから知りました。

これが「ホントの友達」だったんだろうなと、今は思ってます。

対して。

友達関係の維持にストレスを感じる相手もいます。

会う約束をすると妙に緊張してしまうけど、会うと「友達だよね」って言われるから、「友達なのかな」と無理に思い込んでたようなところがあったりする。

今ははっきりわかります。

それは「友達」ではなかったのですね。  

 

友達の価値は数じゃない

 

人にはいろいろタイプがいます。

ひとりが好きな人もいる。

大勢でいるほうが好きな人もいる。

たぶん、1万人いれば1万通りのパターンがあるくらいに。

だから。 

友達が沢山いる方がエライなんてこともないし、少ないからダメってこともない。

そのはずです。

なのに、世間では「友達が多い人」の方を持ち上げる風潮が、まだ、ありますね。

自分なんかも、会社にいても一人でご飯をたべたり、本を読んだり、ネットの情報を見てたりしてることが多いのですが、別に人が嫌いなわけではないです。

読書でもネットでも文章を読むのが好きで、昼休憩はそれができる貴重な時間だから、同僚との会話より優先したいと考えてるだけです。

なのに、たまに、「ひとりで可哀そう・・」とか「変わってる」とかネガティブにとらえる人がいるので困ります。

 

自分は「ひとりの時間」が必要な人みたいです

 

そう。

自分は「ひとりの時間」の方が大切な人です。 

もっとも、誰もいない山の中でひとりとか、そんなレベルを求めてはいません。 

例えば・・。 

周囲に人がいて、テレビをみたり、電話したり、パソコンでウインドウショッピングしたり、ご飯の用意してたり・・普通にざわざわしている。 

そんな気配を感じながら、部屋の隅のほうで、本を読んだりとか、ひとりで集中してなんかをやってる。 

これが自分の好きな「ひとりの時間」です。 

しゃべらない時間・・て言ってもいいですね。

まあ。

かなり、ゆるーい「ひとり」ではありますけれど、自分にとっては、とても居心地のよい空間であり時間なのです。

 

「ひとりの時間」が絶対必要な人がいるのです。 

 

自分は「ひとりの時間が大切なタイプ」なんだと、今は胸をはっていえますけど、ある程度歳をとるまで、そこがなかなか難しかったのも事実です。

世間の常識みたいに「友達もできないようなヤツはダメだ」みたいに言われても、なかなか反論しきれなくて、心が揺れたりすることも多かったですしね。

だから、名越博文さんのこの記事には、もう少し早く出会いたかったなって思います。

www.huffingtonpost.jp

特に「そう!そう!それなんだよ」と思った部分を引用します。 

ちゃんと一人になれる人だけが、他人に優しくなれる人なんです。

つまり群れの中でもより自由にパフォーマンスできる。

だから、群れの中にいるんだけど頭ひとつだけぴょこんと上に出してクリアにクールに生きよう、というのが自戒も含めて提示していきたい。

「ひとりぼっちはいいよ」「ひとりでも楽に生きられるよ」とかそういうことじゃないんです。

「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略であり、すべての人が「ひとりぼっち」にならないといけない。

どうですか。

これ。 

会社でも家族でも。 

人との拘わりの中で生きて、人に優しく接するには、自分自身も精神的にもクリアでないといけない。

そして、自分の精神をクリアに保つのに効果的な方法は人によって違ってて、例えば「1日に数時間のひとりの時間を持つこと」そうである人もいるのだ。 

明確ですねえ。

だから、ひとりでいることが好きだって別におかしくはないし、大勢でワイワイするのを楽しく感じられなくても、それもそういうタイプだってことだけで、おかしいことではない。

むしろ、世間体や他人に押し付けられた常識にとらわれて、ストレスを抱えながら他人につきあっているより、よほど理にかなったことなのだって思えますからね。

ほんと、気づくのが遅くて、無駄な苦労したよな・・と、思う今日この頃です。