アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うことを書いてます。

一緒にいてリラックスできない相手は友達じゃないし、ひとりの時間が絶対必要な人間もいるのだと言う事。

友達が大事なことは否定しません。 

でも、すべてに優先するほどのもんだとも思いません。

 

関係を維持するのにストレスを感じるなら友達じゃない

 

ポイントはリラックスできるかどうかです。  

関係を維持するのにストレスを我慢しないといけない。 

そんな相手は、「友達」ではありません。 

相手がどう言おうとも。 

単なる「面倒くさい知り合い」です。 

大事な順にならべるなら、「親友」>「友達」>「親しい知り合い」>「単なる知り合い」>「面倒くさい知り合い」>「知り合いになりたくない相手」みたいな感じ。 

ブービーです。  

そんな相手ならいない方がマシ。

そう思うんですけどね。

そもそも。

友達が沢山いる方がエライなんて、誰が決めたのか?

たしかに、魅力的で気の置けない友達が沢山いる人たちもいます。

なんか、楽しそうにしているなとは思います。

でも。

みんな、同じ価値観を持っているほうがおかしいとも思うんです。

浅く広く、友達が沢山いる方がいい人。

友達は必要だけど、特定の人と深く付き合いたい人。

むしろ、ひとりが好きな人。

などなど。

いろいろ、いるのが当たり前でしょう。 

 

友達や知り合いの数が多い方がいい人もいるのは否定しません

 

ちなみに。

自分は「ひとりの時間」の方が大切な人です。 

もっとも「ひとりの時間」といっても、誰もいない山の中でひとりとか、そんなレベルを求める人までは考えてません。 

そもそも、そんなの怖いし。  

例えば・・。 

周囲に家族がいて、テレビをみたり、電話したり、パソコンでウインドウショッピングしたり、ご飯の用意してたり・・普通にざわざわしている。 

そんな気配を感じながら、部屋の隅のほうで、本を読んだりとか、ひとりで集中してなんかをやってる。 

これが自分の「ひとりの時間」です。 

しゃべらない時間・・て言ってもいいですね。

まあ。

かなり、ゆるーい「ひとり」ではありますけれど。

 

「ひとりの時間」が絶対必要な人がいるのです。 

 

自分は「ひとりの時間」が大切な人。

それはわかってるんですけど、なかなか、それを正当化する説明は難しかったです。

どうも、「友達が大切」という人の熱量に負けがちなんですね。

ところが、そこをうまいこと説明してくれている記事がありました。

www.huffingtonpost.jp

この記事の中で特に「そう!そう!それなんだよ」と思った部分を引用します。 

ちゃんと一人になれる人だけが、他人に優しくなれる人なんです。

つまり群れの中でもより自由にパフォーマンスできる。

だから、群れの中にいるんだけど頭ひとつだけぴょこんと上に出してクリアにクールに生きよう、というのが自戒も含めて提示していきたい。

「ひとりぼっちはいいよ」「ひとりでも楽に生きられるよ」とかそういうことじゃないんです。

「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略であり、すべての人が「ひとりぼっち」にならないといけない。

どうですか。

これ。 

会社だったり、ご近所つきあいだったりも含めて、「群れ」は必ず存在します。 

無視して生きられるもんではないんです。 

自分ひとりで何でもできるわけではないし、人と助け合いながら生きていかないといけない。 

でも、ストレスをためて、イライラしながら集団の中にずっと居続けようとすると、どっかで爆発して暴力をふるってしまったり、人にきつくあたったりしますよね。 

そこまで行かなくても、たぶん、人に対して寛容で優しくはなれないと思うんです。 

集団の中で生きて、人に優しく接するには、自分自身もストレスが少ない状態で、かつ、精神的にもクリアでないといけません。 

そして、自分の精神をクリアに保つ方法が、人によって色々ある。 

それが「1日に数時間のひとりの時間」の人がいるということ。 

うまい説明ですねえ。

まさに、自分もそうなんだ。 

気づけただけでも人生変わる気がします。

自分でも、こんくらい明確に説明できるようになんなきゃなあ・・ですね。