"BOKU"のITな日常

還暦越えの文系システムエンジニアの”BOKU”は新しいことが大好きです。

昨日の自分とだけ勝負して生きよう! と決めた30歳の僕の人生の決断

今回は、ITとは全く関係なく「迷い」と「決断」というお題にのっかった昔の話を少しだけ書きます。

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現実から逃げてばかりいました 

 

子供の頃から「スーパーインドア」派でした。

友達と外で遊ぶより、家でのひとり遊びが好き。

勝手なストーリーを妄想して、お絵描きしたり、ビニールの怪獣人形で遊ぶのが好き。

たまに「シャーロック・ホームス」などのミステリやSFの本を読むのも好き。

でも、一番ワクワクするのが、自分の部屋でする化学の実験で、お年玉や小遣いをためては、おもちゃではなく、ビーカーとか試験管とかフラスコとか試薬なんかを買い増しするのを楽しみにしてる。

そんな小学生でした。

おかげで。

中学生になっても色白・小太りで、運動神経は最悪かつ不器用。

何をやってもドンくさく、足も遅かったです。

当時、1500mが体育の授業であってタイムを計られるのですが、おそらく、女子と比べても遅かったんじゃないかと思います。

なぜ、おそらく・・なのかというと、真面目に走ったことがないからですけどね。

妙にプライドだけが高くて、努力をカッコ悪いと思っていましたから。

不貞腐れた顔をして「本気をだしてないんだぞ」アピールをしつつ、ダラダラと走る。

そんなことばかりしてました。

正直・・。

このころは「迷い」の塊でしたね。

大人の言う事に素直に従いたくないけど、自分のやっていることにも自信がない。

いつも、ビクビクしながら迷路の出口を探してる・・そんな感じでした。

 

大人になっても変わるわけもなく

 

子供の時の性根は、仕事するようになっても変わりません。

でも、面白いもんで「迷い」は無くなってきます。

理由は簡単で。

自分は「できないヤツ」ではなく「やれば出来るけど、していないだけ」とか。

成功しているヤツは「運がよかった」だけで、自分も運さえ回ってくれば出来るとか。

自分を正当化して心のバランスをとるのが上手になってくるからです。

行動そのものは変わりません。

なんとなく「本気だしたら出来るんだぞ」というアピールをするために、不真面目な態度をとりつつ、余裕を見せるポーズをする。

でも、根は小心者ですから、大きく道を外すようなことはできず、その時の自分の能力で出来ることだけをとりあえずやる。

それで。

うまく行ったら自分の力、失敗したら運とか環境とかのせいにして、自分の心にダメージをうけないようにその場をかわす・・みたいな感じで日々をしのぐわけです。

正直、ロクでもないヤツでした。

けど、表面的には楽しくやってはいました。

 

どういうわけか結婚して子供もできました

 

捨てる神あれば拾う神・・はありました。

30歳手前で結婚できて、子供まで生まれました。

そうすると、おかしなもので。

忘れかけていた「自分の生き方に対する迷い」が頭をもたげてきます。

それも学生の頃とは違う感じで。

学生のころの「迷い」が「頭の中がモヤモヤでいっぱいになる」感じだったのに対して、なんか・・こう・・もっと重たくて、心臓から胃の上あたりに異物みたいなやつが居座って、内側から「このままでいいのか?」と問いかけてくる感じです。

そんなある日。

奥さんに「箸の持ち方の練習をしよう」と言われました。

恥ずかしながら、僕は「箸でつまむ」ができませんでした。

にぎり箸で、突き刺すか掻き込むしかできなかったのです。

それが「子供の悪い手本になってしまう」だろうことは、僕にもわかります。

同意して、箸の持ち方を一から教えてもらうことにしました。

予想外に。

箸でモノをつまむという行為は難しかったです。

最初のうちは、ごはんを食べながら何度も指がつりました(笑)。

ひとりだったら、そこで止めてます。

が、奥さんは厳しくて、怒らせると大変(笑)なので、やめるにやめられません。

それでも、毎日ご飯を食べる前に箸を持って「素振り」をしたりしてると慣れてきて、生まれて初めて豆をつまめた時は、ちょっとした感動でした。 

 

ああ、これで良いのだ・・ということに気づいた

 

まあ、箸以外にも同じようなことがあったわけです。

当時の僕は「そんなことも出来ないの?・・のデパート」みたいでしたから。

それを教えてもらって直していくうちに、僕は「コツコツ練習して、できなかったことが出来るようになる快感」を30歳手前の年齢になって初めて知ってしまいました。

もともと、出来なさすぎるヤツだったことが幸いしたのですね。

普通の人が誰でもできることができるようになるだけなのに達成感が味わえます。

しかも、奥さんと子供が「スゴイ、スゴイ」と褒めてくれます。

これがうれしい。

仕事でたまたま思惑があたって売上がのびて褒められたこともあったのですが、その時と比べても何十倍もうれしい。

もう、これでいいじゃないかと思えるくらい。

それを何度か繰り返して。

僕は人生の決断をしました。

これからは昨日の自分とだけ勝負して生きよう! 

どんな小さなことでもいいので、昨日できなかった事が、自分の意志で努力して、今日できるようになれば勝ち、何もしなければ負け。

ただ、それだけ。

他人と比べてどうか・・とか、他人の眼から見てどうか・・なんてことは、「どうでもいいこと」と覚悟を決めたわけです。 

 

30年以上なんとかなってます

 

そっから30年以上。

僕は、昨日の自分とだけ勝負して生きてます。

もちろん、勝ったり負けたりです。

でも。

昨日2分かかった作業が、今日は1分58秒でできた!とか。

昨日より大根の千切りが細く切れるようになった!とか。

昨日は知らなかった言葉をひとつ覚えた!とか。

昨日駅まで歩いて10分かかったのが、今日は9分40秒で歩けた!とか。

小さな達成感を積み上げていくと、不思議なもんで、自信もついてきます。

33歳でパソコンを初めて買って、プログラミングを覚えたことで、ちょっとだけ世界も広がりましたしね。

もちろん。

インドア派で、人付き合いが苦手という本質的な部分は変わりません。

他人様と競争して勝てるほどの能力が身に付いたとも思ってません。

たぶん、だいぶ普通に近づけたかな・・の程度です。

なんですけど。

個人的には、昨日の自分との勝負にだけは勝ち越している感はあります。

胃の上あたりにいた「迷い」も、いつの間にか、なくなりましたしね。

だから。

僕的には「30歳の僕の人生の決断」は正解でした。

あとは。

できるなら、120歳位までこの調子で生きたいですね。

それで、最後の日に「昨日できなかった〇〇ができたぞ!」と小さなガッツポーズをしながらポックリ逝けたらいいよな・・などと思う、今日このごろです。