アラカン"BOKU"のITな日常

あれこれ興味をもって考えたことを書いてます

失敗の数だって、立派な経験とスキルだと思うんですよね

失敗したことのない人間って、いまいち信用できません。

 

ひがんでるわけじゃないですよ。

 

怪我をしたことの無い人間に、人の痛みがわからないのといっしょだと思っているだけです。

 

痛みを知ってる人間は限度を知ってるから無理しませんし、優しくもなれますけど、知らない人間は限度を超えて無茶をするから大怪我する危険性が高いんじゃないか・・という理屈です。

 

まあ、長い人生の中で何人かは会いましたけどね。

 

俺は失敗なんかしない。

 

成功者として人生を歩んできたんだって、胸をはってる人に。

 

立派なダメ社員だった自分としては、そういう人は、正直しんどかったです。

 

なんか、こう、「俺はすごいだろ!かっこいいだろ!」みたいな自己主張オーラが強すぎて、息苦しかったです。

 

それ以外に、個人的に「この人はすごいな。尊敬するな。」と思えた人は何人かいたんですけど、そういう人には共通して、まず謙虚さがありました。

 

それと、挫折や失敗の経験の話が深いんです。 

 

そういう話をきいていると、「失敗の経験って決してマイナスではないんだな。」と思えて勇気をもらえました。

 

失敗ばかりの自分としては、大きい勇気ではありました。

 

ここからは、自分の経験の話になりますけど、実は、失敗っていうのは、やる気のなかった時期には意外にしませんでした。

 

当たり前ですね。

 

言われたこと以外しませんからね。

 

実は、言われたことも、ちゃんとできてないんですけど、それは、「ちゃんとやらないで怒られた!」というだけで、失敗だとも思ってませんし。

 

じゃあ、失敗をどんなときにしたかというと、多少、心をいれかえて仕事しようと思ったときに、固めてやりました。

 

気持ちはあっても、能力がないのだから当然です。 

 

あと、邪念もありました。 

 

別に自分以外の人はとっくにできてて、自分が遅れてただけなのに、ちょっとうまくできたら、図にのってました。

 

そういうときに、頭の中にスターになった自分のイメージがわくわけですよ。

 

周囲から「凄いね!」とか「いや、負けたよ。とてもかなわない。」みたいに賞賛されている自分の姿とかですね。

 

それで、調子にのって余計なことをやって失敗する。

 

このパターンが多かったです。(^_^;)

 

でも、結果的によかったのは、自分の失敗の後始末は、自分でしないといけなかったことです。

 

それで、失敗の後始末のノウハウを学べました。

 

自分で失敗して、自分で後始末して・・なので、ひたすら、周りには迷惑をかけているわけですが、これは得難い経験でした。

 

謝罪やトラブル対応の場数を踏んでる人間は、意外に少ないんです。

 

だから、その経験は自分のアドバンテージになってます。

 

自分の後始末ばっかりしてたはずなのに、いつのまにか、他人のトラブルの後始末も頼まれるようになったりしてですね。

 

やりながら、失敗の匂いを感じるので、事前に避けれるようにもなりました。

 

こうなったら、スキルと呼んでいいと思うんです。

 

ああ、失敗の数だって立派な経験とスキルになるじゃないか。

 

しみじみ、そう思うんです。

 


仕事のことカテゴリの前の記事

なんでも自分が理解できなるなんてのは、思い上がりですね。