"BOKU"のITな日常

62歳・文系システムエンジニアの”BOKU”は日々勉強を楽しんでます

失敗や挫折を経験していない人は、本当に尊敬すべき人にはなれない

俺は失敗したり、挫折したことはない!・・そんなオーラを出している「成功者」の方々と会う機会があったのですが、どうも・・素直に凄いなと思えない理由を自分なりに考えてみましたというお話です。

 

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失敗や挫折とは無縁だという人に会うことがあります

 

経営者とかが集まる会合やパーティ的な催しがあります。

自分はそういう場が嫌いなので、あまりでません。

でも、会社勤めの身なので、どうしても断れずに出席する時があります。

そんな時。

自信満々の成功者オーラ出しまくりの人に会うことがあります。

俺のすることに間違いはない。

俺に失敗なんかありえない。

挫折なんて、俺の辞書には存在しない。

そんな感じで、言葉の端々に自信と野心がほとばしるような人です。

そんな時。

はーー。

凄いですね。

とか相槌をうって話をあわせてはいますが、あまりお近づきにはなりたくないなあ・・と逃げるタイミングをはかる時間は拷問のようです(笑)。

 

リスペクトできる相手の話しか聞きたくない気持ちはある

 

誤解がないようにつけくわえますが。

自分は、「優れた人のお話を聞くのは好き」です。

なのに、話をろくに聞かずに逃げることばかり考えてしまう。

ということは、きっと、その人が自分にとって「優れた人=尊敬(リスペクト)すべき人」に見えていないということです。

自分の経験から。

  • お金持ちであるとか。
  • 社会的に高い地位についているとか。

こういうことと、「人間として優れていて尊敬できる人である」ことの間に相関性はほとんどないことを学んでます。

これは勉強した・・というより、「金は持っているけど人としてゲスだと思った」とか、「社会的地位が高いことを鼻にかけた嫌なヤツだと思った」人と会う機会がそれなりにあり、その印象が強く残っている・・という実体験ベースの学びです。

おそらく。

第一印象や話しぶりから、そういう失敗事例の臭いをかぎ取って身構えているんだと思います(笑)

 

人は失敗や挫折した時に本当の姿をさらけだす

 

自分が、過去に「金持ちだったり、社会的地位が高いけど、とても尊敬はできないな」と思ってしまった人の共通点が「失敗や挫折した時の痛みを知らない」でした。

だから、自分は痛みを知らない人を信じません。

経験上。

うまく行っている時に人の本質は現れません。

どんなゲスな人でも、余裕があるときは良い人を装えます。

でも、生まれてから死ぬまで、絶頂のままで人生を駆け抜けられる人なんかいません。

どっかでつまづきます。

そういう。

失敗とか。

挫折とか。

マイナスの局面になった時に、その人の本性が現れます。 

うまくいってる時だけの顔がどんなに素晴らしくても、一度の失敗で折れたり、逆上したりする姿を見てきたので、「失敗や挫折した時の痛みを知らない」と思える人は、本能的に疑ってしまうのだと思います。

 

痛い目にあった人しか、人の痛みはわからない

 

痛みを知らない・・と思う相手を尊敬できない理由。

もうひとつあります。

痛みを知らない人は「優しいふり」はできても、「本当に優しくなれない」からです。

身体の痛み。

心の痛み

どちらも自分で経験したことがなければ、それがどんなものかわからないからです。

優しさのない人間って・・。

魅力ないですよね。

人として、すごい薄っぺらに感じてしまう。

そういう人を尊敬はできるわけがありません。  

 

本物は謙虚にしてても相手に凄さが伝わるんだな

 

もちろん。

尊敬できるし、見習いたいと思った成功者も大勢います。

少し立ち話をさせていただいた時の言葉を、今だに自分の生きる指針にさせていただいているくらい感銘をうけた方もいます。

そういう人は、まず「謙虚」でした。

自慢話をいきなり始めたりは絶対にしません。

会って、ちょっと話をすれば「あ・・、この人は本物だ」と感じさせるオーラを持っているから、自分からあえて宣伝しなくても相手に伝わる。

それがわかっているからこその「謙虚な態度」なんでしょうけど。

そういう人のお話を聞いていると。

失敗や挫折の経験が、さらりと語られ、それが印象に残っていることが多かったです。

自慢でもなく。

ただ淡々と語られるそういう話を聞くと、「人間としての深みって、挫折や失敗の経験を乗り越えるところから生まれてくるんだなあ・・」とつくづく思えました。

よく考えてみれば・・。

自分が、この人を見習いたい。

そう思うのは、そう思った時だったような気がします。

 

失敗や挫折を経験できるのも運なのかなと思う

 

 考えてみたら。

失敗や挫折の経験ができること。

そしてそれを乗り越える機会を与えられること。

それ自体も運なんじゃないかと思います。

本物になれるチャンスを与えられるという意味で。

その時点で「天に選ばれし人」です。 

だからなんでしょうね。

適切に失敗や挫折を経験する機会を与えられ、かつ、それを乗り切る能力と気力と運を与えられ、本物になることのできた人が、人と違うオーラを放てるのは。

そう考えると。

まだ失敗も挫折も経験させてもらえていない「成功者」というのは、実は、まだ天に選ばれていない人・・なのかもしれません。

そう考えると。

尊敬できないな・・と直感的に感じる理由も、なんとなく、納得できる気はします。

 

追記

 

マウスの実験のことでしかないとも言えますが、失敗がらみの話題で面白い記事がありました。。

gendai.ismedia.jp

失敗が多いほど、早く学習できる・・ってのは、なんか、真理な気がしますね。