アラカン"BOKU"のITな日常

文系システムエンジニアの”BOKU”が勉強したこと、経験したこと、日々思うことを書いてます。

広告ブロッカーは「ユーザにとって適切でない広告」だけを非表示にするのが本来の姿だ

自分で自分の首を締めるような代物。 

すべての広告をブロックするタイプの「広告ブロッカー」って、そういうもんです。 

存在自体がありえないと思うけど、たくさんの利用者がいる。 

不思議でしょうがないです。 

初めて会う人から、それを使っていると聞いたら、ちょっと身構えてしまいます。 

自分勝手な考え方しかできない人の可能性を思ってしまうので。

 

広告は「必要悪」だけど、必要なものです

 

確かにうっとうしい・・というか、明らかに不快感を感じる広告はあります。 

コンテンツを邪魔するような。 

自分だって、そういう広告にあたるとムカムカします。 

だから、そういう不快な広告をブロックしたい気持ちはわかるんですが、だからといって広告すべてをブロックするのは、犯罪者や異常者が存在するからといって人類すべてを否定するようなものです。 

悪い人間が一部に存在するという理由で、人類全体を否定して、人類滅亡につながる道を選択する。 

ちょっと大げさですけど、すべてをブロックするタイプの広告ブロッカーというのはそういうもんです。 

とにかく、ナンセンスです。 

広告は必要です。 

少なくとも、他の代替手段がないかぎりは。 

テレビの民放と同じです。 

テレビに広告ブロック機能がついて、みんながそれを使うようになったら、間違いなく放送局は潰れて、広告どころか、見る番組がなくなります。 

WEBコンテンツの作成・維持も同様です。 

金がかかるのですよ。 

良質なコンテンツだったり、サービスの作成・維持には。 

だから、フリー文化圏の土台として広告は「完璧ではないし、悪に感じるときもあるけど絶対に必要なもの」です。 

それは社会のルールみたいなもんで、みんながちょっとずつ我慢するべきものです。 

それを「すべてをブロックするようなタイプの広告ブロッカー」で自分だけストレスから逃れようとする行為は、「自分が掃除しないくせ、平気で道路にゴミをピ捨てする奴」くらいワガママで自分勝手です。 

だから、そういう人じゃないか?と思ってしまうのですね。 

もちろん、そういう機能を提供する側も問題があります。 

例えば、これ。

gigazine.net

引用しますと。

開発元はドイツのスタートアップeyeoで、同社はホワイトリストに入っている特定の広告のみ非表示にしないことで、広告を表示したいパートナー企業からお金を受け取り収益を挙げています。

なんか小奇麗な表現になってますが、ようするに「勝手に広告をブロックしておいて、表示させてほしかったら金を出せと企業を脅している」わけですよね。 

自分には、反社会的勢力のロジックにしか見えません。 

なんで、これが犯罪でないのか? 

意味がわかりません。

 

Google Chromeの広告ブロッカーの考え方は素晴らしい

 

そんな中、Googleさんはさすがです。

blog.kaspersky.co.jp

ユーザにとって適切でないだけを非表示にするという発想。 

これこそが「広告ブロッカー」の本来の姿です。 

もちろん「適切でない」なんて抽象的な表現だと、「俺にとっては、すべての広告が不適切だ」なんて輩がでてきますから、具体的な判断基準を定めて、それにそって対応するというのは実にまっとうです。 

今のところ、その基準は米国の団体Coalition for Better Ads(CBA)が定めたものですけど、内容を見る限り妥当ですし。

magazine.fluct.jp 

技術的には相当難しいはずです。 

だからこそ、このAPIを公開して、各ブラウザすべてで標準にしてほしいですね。 

この考え方が広まって、迷惑広告的なものが駆逐されていくと、WEBの世界もより良くなっていくんじゃないかと思うので。